千字一話:手紙にならない一人言

「地球の面積の7割以上は海なんだってさ」
浜辺に座って潮風を浴びていると、いつもキミの声を思い出す。
いつも潮風の匂いに混じって聞こえたキミの声を。
「そんなに?」
「うん。だから、どこにいるかわからない相手に手紙を出すのなら、海に流すといいかもしれない。だってこの世界の7割に届くのだからね」
「えー……それなら何らかの手段で住所を聞く方が早くない?」
「相手の連絡先を知っているなら、ね。でも、全く連絡の取れない相手に手紙を出したいのなら、これほど有効な手段はないと思うんだ」
そう言うとキミは、飲み終わったばかりの薄緑色の瓶を海水で洗って私に渡した。
「だからボクが急にいなくなって、連絡も取れなくなって、それでも何か伝えたいことがある時は、ボトルメールを送って欲しい。わかりやすいようにこの瓶でさ」
「届く訳ないし、そんな日がくるとも思えないけど了解」
そう言って私は瓶を受け取った。
「足りなかったら、また同じジュースを飲めば何通でも手紙を出せるしね」
受け取った薄緑色の瓶は世界的に知られたメーカーのものだ。
世界中どこにいても手に入ることだろう。
「ありがとう。そうしたらボクも同じ瓶でボトルメールを送るよ。ボクが送ったものだってわかるようにね」
「うん。それも了解。でも、そんな日が来たらの話だからね? 何かあったら、こうして会って話せばいいんだしさ」
「うん……そうだね。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
それがキミと交わした最後の言葉だった。
次の日、珍しくキミは学校を欠席した。
スマホでメッセージを送っても返事はなくて、よっぽど体調が悪いのかと思いながら、いつも二人で帰りに寄っていた砂浜に向かった。
二人がいつも座っていた場所に着くと、そこにはキミの代わりにいつも飲んでいた薄緑色の瓶がいて、中には1通の丸めた手紙が入っていた。
そこにはキミが家庭の事情で遠くへ行くこと。きっともう会えないことが書いてあった。
「……言いたいことがあるなら会って話せばいいのに」
その日から、帰りに浜辺で一人ジュースを飲んでは薄緑色のボトルメールを流すのが私の日課になった。
キミに話したいことを詰め込んだ薄緑色の瓶を。
いつかキミが受け取って、返事をくれるかもしれないと期待しながら。
だけど不公平なことに、キミのボトルメッセージは私に届いたのに、私のはまだ届かないらしい。
私のボトルに詰め込んだ一人言は、今日もまだ手紙にならないままだった。

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