千字六話:セツナイロの空
「マジックアワーか……綺麗だな」
さっきまでオレンジ色に染まっていた空が、今はグラデーションのように紫色に染まっている。
ネクタイを緩めるために首元に伸ばしていた手を下ろして、そのまま足を止めて空を見上げた。
魔法のように綺麗で、限られた時間しか見られない空の色。マジックアワー。
その名前を知らなかった子供の頃、私はこの空の色を刹那色と呼んでいた。
理由なんて単純で、刹那が短い時間を指すこと。それに何だか名前の響きが良いと思ったから。思えば実に子供らしい理由だ。
何より、あの頃の私はこの薄紫色をした綺麗な空の名前を知らなかった。
だから自分だけの名前で呼ぶことができた。刹那色の空と。
その名前を口にすると、この綺麗な空が自分だけのものになった気がした。
刹那色の空を見るとドキドキして、刹那色と口にするとワクワクした。
けれど、この世界に存在する物には多かれ少なかれ名前がついている。
国や地域によって呼び方は違うかもしれないけど名前がついている。
名前を知ることで、人は自分以外の誰かと同じ物をみることができる。同じ物を、同じ名前で呼ぶことでお互いに認識することができる。
例えば今、目の前に広がる空を刹那色の空と言っても私にしかわからないけど、マジックアワーといえば大半の人に伝わるように。
大勢の人がどこかで、何かで関わり合いながら生きる世界においてそれは便利で、必要不可欠なことだ。
スーパーで買い物をする時、ある店ではリンゴと呼ばれるものが、別の店ではトマトと呼ばれていたら、おつかいを頼むのだって大変だろう。
だけど、この空の色を目にすると時々思ってしまう。
この空を自分だけの名前で呼べた頃の方が、目の前の空を綺麗だと思いはしなかっただろうか。
自分以外は誰も知らない。自分だけの名前で呼んでいたあの頃の方が。
マジックアワーの空はとても綺麗だけど、子供の頃のようにドキドキはしない。
みんなと同じ名前で呼び始めた時に、マジックアワーの名前を知ってしまった時に、きっとあの空は私だけのものではなくなってしまったからだ。
宝物だった刹那色の空は、今ではただ綺麗なマジックアワーの空になってしまった。
「刹那色の空」
十数年ぶりに、目の前の空をそう呼んでみた。
だけどやっぱり目の前に広がる空はただ綺麗なだけで、子供の頃のようにドキドキすることはなくて、目の前に広がる景色は私だけのものなのに、もう一人占めすることはできなかった。
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