千字三話:気分屋の彼女

僕の彼女は気分屋だ。
「私、モンブランが一番好き」と言っていたので翌日に買って帰ったら、「今日はチーズケーキの気分だったんだけどな」と言われるくらいは日常茶飯事。
「猫は気分屋だっていうけど、彼女はお前以上だな」
毎日飽きもせず同じキャットフードを嬉しそうに食べてくれる飼い猫の青い瞳が、「そうでしょう」と語りかけるようにこちらを見上げる。
これが彼女だったらご飯を食べるのに夢中で、こちらに一瞥すらくれないかもしれない。
「だったら私にしたらどうですか?」と誘うように、食事を終えた猫が甘えるように白い体を足にすり寄せてくる。毎日同じご飯を出しても怒らず、こちらの気持ちを読むように甘えてくれる。白猫《かのじょ》は確かに理想の恋人と言えるだろう。
「でも、僕はそんな彼女が好きなんだよ」
ごめんねの代わりに顎を撫でてあげると、白猫《かのじょ》は気持ちよさそうに目を細めた。今朝起きた時に最初に見た、僕を起こして笑う恋人《かのじょ》みたいに幸せそうな表情で。
「他人……いや、他猫には見せない、可愛いところもあるんだよ」
僕の言葉を理解した訳じゃないだろうけど、そう言うと白猫はぷいっと身を翻して部屋の奥へと去って行った。
もうあなたの相手をするのは飽きましたとでもいうように。
やっぱり白猫《かのじょ》は恋人《かのじょ》によく似ている。
その後ろ姿に、ついさっき口喧嘩の末にぷいっと身を翻して出かけて行った彼女を思い出す。
「ジュースくらいあげればよかったな」
きっかけは些細なことだった。朝起きたら飲もうと思っていた瓶ジュースを、彼女が飲んでしまったことだ。
でも想像してほしい? 朝楽しみにしていたジュースを飲もうと冷蔵庫を開けたら、何もない空間が広がっている絶望を。喧嘩の理由には十分だろう。
「でも、いい所もあるんだよ」
彼女が空き瓶を机にドンと置いて立ち去ったあと、瓶をよく見ると栓をするように小さな紙が刺さっていた。「ごめんね。新しいの買ってくる」と書かれた小さな手紙が。
「ピンポーン」とチャイムが鳴った。ドアスコープを覗くと、スーパーの袋をぶら下げた彼女が居心地悪そうに立っている。
ドアを開けると「んっ」とだけ言って、そっぽを向きながら瓶ジュースを差し出す彼女。その手を掴んで抱き寄せると、彼女は猫みたいに額をすり寄せて、小さく「ごめんね」と呟いた。
気分屋で気まぐれだけど、素直に「ごめんね」と言える。やっぱり僕は恋人《かのじょ》が好きだ。

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