千字七話:スナドケイ
上下おそろいのスウェット。未開封のワイシャツ。青いネクタイ。
別れた恋人が部屋に残していった荷物は、思ったよりも少ない。
段ボールどころか、紙袋ひとつに収まってしまうほどに。
それなのに部屋が広くなったように感じるのは、きっとそれらの一つ一つに思い出が詰まっているからだろう。
上下おろそいのスウェットは、毎回持ってくるのが大変だからと私の部屋に置いていったもの。
未開封のワイシャツは、平日の夜に急に泊まることになった時にとネクタイとセットで置いていったものだ。
それらが部屋を占めるスペース以上に、彼との思い出は私の部屋を占有していたらしい。
「ふう、喉が渇いちゃった」
たったこれだけの品物を紙袋にしまっただけなのに、軽く運動したあとのように喉が渇いている。コーヒーでも飲もうと食器棚を開けた。
「ああ、そういえばこれもあったっけ」
食器棚の中、お気に入りの白いマグカップの隣にそれはあった。
私のより一回り大きい、青いマグカップ。それは彼が愛用していたものだ。「これは何かで包まないとダメかな?」
少し面倒くさく感じながら青いマグカップを取り出そうとした時だった。
「砂時計?」
マグカップの陰に1分計と呼ばれる砂時計を見つけた。
なぜか彼は紅茶を淹れるとき、いつもスマホでなく砂時計を使っていた。
2分間計りたい時には、わざわざ一度ひっくり返して。
一緒に取り出したマグカップと砂時計をテーブルの上に並べてみると、やけに真剣な表情でテーブルに張り付いていた彼を思い出して笑った。
笑ったあとで、もうあの表情は見れないのだと思いだして笑うのをやめた。
思えば恋人たちの気持ちというのは、砂時計みたいなものなのかもしれない。
水平で止まった天秤みたいにお互いの気持ちがつり合っている時間なんてほとんどなくて、どちらかの気持ちが足りなくなった時にはもう片方が気持ちを注ぐ。
砂時計の底に砂が溜まったら、ひっくり返す時みたいに。
そうやって、好きという気持ちが多い方が、少ない方に気持ちを注ぎこんで成り立っているのかもしれない。
今の私の気持ちは、砂時計の底に溜まった砂のようだ。
注ぐ相手がいないなら、ひっくり返す必要もない。
テーブルの上に乗っていた砂時計を手に取ると、ひっくり返すことなくそのまま紙袋にしまった。
底に溜まった砂が、間違っても流れてしまわないように気を付けながら。
砂と一緒に、心の奥にしまった気持ちが流れ出してしまわないように。
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