千字四話:朝の連続ボトル小説
朝起きると、二度寝を決めることなくベッドを抜け出して玄関へ向かった。
朝の10分というのはとても貴重だ。二度寝をすることも、メイクに時間をかけることも、朝ごはんを豪勢にすることも出来る。
それでも私が躊躇なくベッドを抜け出せるのは、それを上回る楽しみが玄関の先に待っているのを知っているからだ。
「はぁ……あのあと二人はどうなるんだろう? 最初から全部ウソだったなんて……」
玄関の扉を開けてすぐ左側の壁面。そこに設置された専用の保冷ケースの蓋を開けると、そこにはコーヒー色をした一本のボトル。毎朝の楽しみがそこにはあった。
「ああ、続きが気になる。早く飲み干さなくちゃ」
保冷ケースに入っていたボトルコーヒーはまだ冷たい。
ドアを閉め、玄関に靴を脱ぎ捨てながらボトルのキャップを回した所で手を止める。ボトルキャップは、まだ飲み口にはまったままだ。その状態で、試しにボトルを部屋の明かりに透かしてみたけれど、そこにはコーヒー色の液体が表面を揺らしているのが見えるだけ。
「だよね。わかってた。それじゃあ、まずは最初の1段落目から読もうっと」
ボトルの蓋を開けると、上から五分の一ほどを一気に飲み干し、ボトルをもう一度部屋の明かりに透かしてみる。すると今度は透明なボトルの表面にコーヒー色の文字がメッセージのように浮かんでいるのが見えた。
「え? ウソ……そんなことって……」
逸る気持ちを抑えるように、二口目はゆっくりと飲み干していく。焦ってはダメだ。このボトルに書かれた小説は2500字ほど。一気に読んだら5分ほどで読み終わってしまう。最低10分は楽しませてもらわないと早起きした意味がない。
「よしっ……それじゃあ小説の続きを……」
そんな調子で、コーヒーを飲んだ分だけ透明な胴体に浮かんだ物語を読み干していく。
最後の一滴まで飲み干すと、出社前の楽しみとして最後にもう一度頭から読み返す。
透明なボトルに好きな飲み物、そして飲み物と同じ色の文字で書かれた小説が毎朝配達されるこのサービス。昔は紙の「新聞」というものに掲載されていたらしい。それが紙資源の減少と高騰により、紙媒体で物語を送ることができなくなり、代わりに出来たのが「連続ボトル小説」だったという。
「新聞」がどんなものか気になるけど、聞いた所では紙に書かれた小説を読むだけらしいし。それはきっと、小説とコーヒーを一度に楽しめるこのサービス程よいものではないだろう。
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