千字五話:二人のための卒業式
「それにしても不思議な気分だよな」
「不思議って何が?」
「もう10年以上も二人で通ってたのが、明日からなくなるんだぜ?」
「だから?」
「だから……寂しいよなって」
「そうだね。でも、幼稚園から小学校、中学校、おまけに高校まで一緒な人の方が少ないでしょ?」
「それはそうだけど……やっぱ寂しいよ」
そう言うと彼は両手を頭の後ろで組んだ。その拍子に、少しだけあごが上がる。子供の頃から変わらない、彼の歩く時の癖。この姿も今日で見納めだというのに、どうしても視線はボタンがひとつ欠けた制服の胸に向いてしまう。
「そんなこと言って、明日からは第二ボタンをあげた相手と過ごすつもりでしょ?」
ボタンを受け取った相手を私は知らない。朝いつものように二人で登校する時にはあったはずの第二ボタンは、帰りにはもうなくなっていたから。
「だから違うって。これは落としたんだよ」
「制服のボタンが勝手に落ちる訳ないでしょ?」
子供みたいな言い訳に、変わらないなと苦笑する。いや、変わらないのは私も一緒だ。
子供の頃から隣にいるのが当たり前で。だから気付くのが遅れたのかな? おまけに告白するタイミングまで逃しちゃった。
たった一言で何かが変わったかもしれないのに、その一言が伝えられないまま、二人で帰る最後の日が終わろうとしている。
ねえ、好きだよ。子供の頃からずっと。第二ボタンちょうだい? そう言いたかった事を彼は知らない。
「今日でこうやって一緒に登下校するのも最後だし、記念に一言手紙でも書かないか?」
「手紙? 柄にもないこと言うわね」
「長い付き合いだし記念にさ。そうだ。お互いの卒業証書入れにいれて渡そうぜ」
「いいけど。それじゃ……」
卒業証書の入った筒に、隠すようにしながら手紙を入れた。
「サンキュ。それじゃ俺からも」
筒を受け取った拍子に、私の筒の中で何かが動く音がした。
「ありがと……ねえ、何いれたの?」
「何って?」
「何か音がしなかった?」
「ああ、ばれたか! これは……その……俺の気持ちだよ」
「気持ち?」
「そう」
彼は私の卒業証書入れの蓋を開けると、自分の手のひらに向けて逆さまにした。その掌の上に、私が欲しかったボタンが転がり落ちる。
「受け取ってほしかったんだよ」
欲しいかわからないけどさ。そう言って彼は苦笑いした。
「ううん……嬉しい。私ね?」
だから今度こそ私も贈ろう。たった一言。大切な一言を。
「好きだよ」
これからも二人でいるために。
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