粋は身を食う(すいはみをくう)
粋は身を食う
佐藤翔太は、街でも評判の「粋人」として知られていた。30歳を過ぎたばかりだが、彼のセンスとスタイルは同世代の誰よりも洗練されており、ファッション、グルメ、アートに至るまで、何事にも一流を求める姿勢が際立っていた。東京の一等地にある小さなバーで、週末の夜に友人たちと過ごすのが、彼の「粋な」楽しみだった。
ある夜、翔太はそのバーで特別なヴィンテージワインを注文した。店主が「これはなかなか手に入らない貴重な一本です」と言うと、翔太は得意げに微笑んだ。
「それぐらいは知ってるよ。やっぱり、粋に生きるならこういうものを楽しむべきだろ?」
その場にいた友人たちは感心したように頷いたが、内心では翔太の無理を感じていた。彼は収入以上の贅沢を繰り返し、外見の「粋」に固執していた。高級スーツや時計、そして高価な食事。翔太にとって、それらはステータスであり、自分のアイデンティティそのものだった。
しかし、現実は厳しかった。翔太の仕事は不安定で、彼の収入はその贅沢を支えきれなくなっていた。月末が近づくたびに、クレジットカードの請求書に目を通すのが怖くなっていたが、粋であることを諦めるわけにはいかないと、さらに自分を追い込んでいた。
「粋じゃない生き方なんて、俺には無理だ」と、翔太は自分に言い聞かせていた。
ある日、そんな翔太に転機が訪れた。彼の友人であり、大学時代からの親友である山下が、突然翔太を食事に誘った。少し庶民的な居酒屋だったが、山下の顔はどこか落ち着いていて、以前よりも余裕が感じられた。
「翔太、お前最近、無理してないか?」山下はビールを一口飲みながら言った。
「無理なんてしてないさ。これが俺のスタイルだし、粋に生きるって決めたんだから」
「それはそうかもしれない。でも、お前、気づいてるか?粋を追求しすぎると、身を食うこともあるんだよ」
翔太はその言葉に一瞬言葉を失った。「粋は身を食う」という言葉が頭の中を駆け巡った。
「粋を追うのは悪いことじゃない。でも、それが自分を壊していくなら、見直すべき時かもしれない。俺は、シンプルに生きることの大切さに気づいたんだ。もちろん、たまには贅沢もするけど、今の自分に合った範囲で楽しんでる。そうすると、不思議と心も体も軽くなるんだよ」
山下の言葉は翔太にとって予想外だった。彼もかつては同じように「粋」を追い求めていたのだから。
その夜、翔太は帰り道で深く考えた。これまでの自分は「粋であること」に固執するあまり、本当に大切なものを見失っていたのではないか。クレジットカードの請求に追われ、心の余裕さえ失っていたのに、それを認めることができなかった。
「粋は身を食う…か」
翔太はふと呟いた。これからは、自分を追い詰めるような生き方ではなく、もっと自然体でいられる粋を追い求めようと決意した。
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