七歩の才(しちほのさい)
「七歩の才」
魏の国では、新たに王位を継いだ曹丕が、国内の重臣や詩人を招いて盛大な宴を開いていた。宴が進む中で、賓客たちは酒を酌み交わし、詩を詠むことで互いの才能を競い合っていた。曹丕は詩に深い興味を持ち、特に即興で詩を詠む技量を高く評価していた。
その日、曹丕はふと弟の曹植を思い出した。曹植はかつて「七歩の才」と称されるほどの詩の才を持ち、たった七歩歩く間に見事な詩を作り上げることで知られていた。しかし、二人の間にはいつしか亀裂が生じ、曹植は遠ざけられていた。
「弟を呼び戻せ」と曹丕は命じた。重臣たちは驚きながらも、王の命には逆らえず、使者が曹植を呼びに向かった。
やがて曹植が宴の席に姿を現した。彼はかつての栄光を失い、やや疲れた様子だったが、その目にはまだ鋭い知性が宿っていた。
「久しいな、曹植」と曹丕は微笑んだ。「お前の詩の才を久しく見ていない。今日、ここで七歩の間に詩を作ってみせよ。もしできなければ、重罪とする。」
曹植は一瞬目を閉じ、深呼吸をした。兄の試練は苛酷であるが、逃れる術はない。彼はゆっくりと歩き始めた。七歩。たった七歩の間に詩を完成させなければならない。
その短い瞬間、曹植の心には過去の兄弟愛や今の確執が去来した。やがて彼は七歩目に到達し、口を開いた。
「豆を煮るに豆殻を燃やし、
釜中に豆は泣きて云う。
生まれしは同じ根にして、
相煎ることを何ぞ急ぐ。」
その詩は兄弟の争いを豆と豆殻に例えたものだった。彼は自分と曹丕が同じ家系から生まれたのに、互いに争うことの無意味さを訴えていた。
曹丕はその詩を聞いてしばし黙考した。会場は静まり返り、誰もが息を飲んでいた。やがて、曹丕はゆっくりと立ち上がり、弟の前に進んだ。
「見事だ。お前の才は衰えていない」と、彼は静かに言った。「今日はここまでとしよう。」
曹植は深く頭を下げ、宴の場を後にした。彼の心中には複雑な感情が渦巻いていたが、詩によって自らの命を繋ぎとめたことは確かだった。
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