死人に口なし(しにんにくちなし)
「死人に口なし」
町外れの静かな住宅街にある、古い邸宅「森山家」では、一人の女性が亡くなった。彼女の名前は森山静子。年老いた未亡人で、地域でも評判のしっかり者だった。
彼女が亡くなる少し前、町では不穏な噂が流れていた。静子が遺産を巡って息子たちと争っていたというものだ。森山家は代々続く名家で、土地や財産は相当なものだった。だが、静子には二人の息子がおり、どちらが財産を相続するかで争いが続いていた。
静子が亡くなった夜、息子たち—長男の隆一と次男の弘樹は、家の中で対峙していた。隆一は弁護士を同伴し、遺言書を確認しようとしていた。
「お母さんは私に全財産を譲ると言っていたんだ。遺言書にもそう書かれているはずだ。」隆一は自信たっぷりに言った。
弘樹は冷たい目で兄を見つめ、「そんなこと、信じられるか? 母さんは僕にも何も言っていなかった。お前が遺言書を捏造したんじゃないのか?」
その場には隆一の弁護士と家政婦の佐藤もいた。家政婦は、静子の死の直前まで彼女の世話をしていた人物だった。
弁護士が遺言書を開き、隆一に有利な内容が記されているのを確認した。しかし、弘樹は納得せず、母親の死に疑念を抱いていた。
「お前、母さんが病気で弱っているのを見て、何か手を加えたんじゃないのか? 母さんが亡くなったタイミングがどうも怪しい。」
隆一は顔を曇らせ、「馬鹿を言うな。母さんは病気で亡くなったんだ。証拠も何もない。死人に口なしだ。」
その言葉に、弘樹は強く拳を握りしめたが、どうにもできなかった。亡くなった母親はもう何も言えない。もし不正があったとしても、彼女が証言できない以上、真実は闇に葬られてしまう。
その後、隆一は静かに遺産を受け取り、弘樹は町を去ることにした。誰もが、この事件の真相を知ることはなかった。
数年後、町に戻ってきた弘樹は、森山家の家政婦だった佐藤と偶然出会った。彼女は隆一に雇われ、いまや静かな生活を送っている。だが、その瞳には何か秘密を抱えたような光が宿っていた。
「佐藤さん、あの日、母さんが亡くなった夜、何があったのか、本当のところを教えてくれませんか?」
佐藤は一瞬ためらったが、静かに言った。「死人に口なし、ですわ。」
彼女のその言葉には、何か重い真実が隠されているようだったが、弘樹はそれ以上問い詰めることができなかった。
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