酒は百薬の長(さけはひゃくやくのちょう)
「酒の味」
秋の夜、仕事帰りに常連の居酒屋に寄った中村啓一は、カウンターに座りながら静かに杯を傾けていた。彼にとって、仕事終わりの一杯は何よりも楽しみだった。特にこの店の地酒は、どれも絶品で、疲れた心と体をゆっくりと癒してくれる。
「今日もお疲れさん、啓一さん。」
店主の大塚は、にこやかに声をかけながら、啓一にお猪口を差し出した。啓一は微笑みながら、その酒を受け取った。
「いや、これがないと一日が終わらないよ。」
啓一は酒を口に含むと、ほんのりとした甘みと、深い香りが口中に広がった。仕事のストレスも一瞬にして消え去るような感覚だ。
「酒は百薬の長って言うけど、本当にそうだよなあ。これだけで元気が出る。」
大塚は笑いながら、カウンターを拭いていた。
「まあ、適度に飲んでこその話だけどな。飲みすぎたら薬どころか毒だ。」
その言葉に、啓一は少しばかり顔をしかめた。最近は、つい飲みすぎる日が増えてきていたからだ。仕事のストレスが増えるにつれて、酒の量も増え、家に帰る頃には酔い潰れて寝てしまうことが多くなっていた。翌朝には後悔しながらも、また同じことを繰り返してしまう自分がいた。
ある日、啓一の同僚である田中が突然倒れ、病院に運ばれたという知らせが職場に届いた。原因は過労と飲酒の習慣による肝臓の疾患だった。田中も啓一と同じように、ストレス解消に酒を頼っていたが、それが彼の体を蝕んでいた。
「俺も、ああなってしまうのかもしれない…」
田中のことを思い出しながら、啓一は酒を口に運んだが、その味は以前のように美味しく感じなかった。酒は確かに百薬の長だ。しかし、それは適度に飲む限りの話だと、啓一は痛感した。
翌日、啓一は決心をした。飲みすぎず、楽しむ程度に抑えよう。仕事が終わったら必ず酒を飲むという習慣を少しずつ見直し、他の方法でリラックスすることも試してみることにした。
居酒屋で大塚と話しながら飲む一杯は、相変わらず楽しかった。しかし、それはあくまで「一杯」で止めるようになった。酒の味をじっくり楽しみながら、過剰に頼らない生活を送り始めた啓一は、心身ともに以前よりも健康で、活力に満ちている自分を感じるようになった。
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