死馬の骨を買う(しばのほねをかう)
「死馬の骨を買う」
地方の小さな町で、代々続く古書店「星川書房」の若き店主、星川悠介は、その日も店の片隅で埃にまみれた本を整理していた。この店はかつて祖父の代には繁盛していたが、時代の流れとともに訪れる客は少なくなり、いまや廃業寸前だった。
ある日、見知らぬ中年の男性が店に入ってきた。ヨレたコートを羽織り、古ぼけたバッグを持っている。
「おい、店主さん、ちょっと見てほしいものがあるんだ。」
悠介は半信半疑で応じた。「どうぞ、ご覧ください。」
その男はバッグから古びた一冊の本を取り出し、テーブルにそっと置いた。表紙は擦り切れ、文字はほとんど読めなくなっていた。
「これは……ずいぶん古い本ですね。」悠介は驚きつつ、ページをめくった。だが、内容はよくある歴史の解説本で、特に貴重なものには見えなかった。
「これは価値のある本かもしれないが、正直なところ、今すぐには買い手がつかないと思います。」悠介は正直に答えた。
男はにやりと笑った。「そうだろうな。だが、君はどうする? 無価値に見えるこの本、買ってみないか?」
悠介は迷った。店の経営は厳しく、新たな仕入れに余裕はなかった。だが、何か男の言葉に引っかかるものを感じた。
「いくらですか?」
男は意外にも安価な金額を提示した。悠介は一瞬考えた後、その本を買うことを決めた。
数日後、悠介の店を訪れる客は変わらぬままだった。あの本も棚の奥にひっそりと置かれていた。買ったことを後悔し始めたころ、突然、町の有名な学者が店に訪れた。
「星川書房の店主さん、あの本、ここにあると聞いて来ました。」
悠介は驚いた。「あの本ですか?」
学者は嬉しそうに頷いた。「あれは失われたとされていた貴重な初版の資料なんです。ぜひ見せてもらえませんか?」
悠介は慌てて本を取り出した。学者はその場で高額な値をつけ、その本を買い取っていった。思いがけない出来事に悠介は驚きを隠せなかった。
後日、あの中年の男が再び店に訪れた。「どうだい? あの本、役に立っただろう?」
悠介は感謝の言葉を述べた。「あなたのおかげで、この店は救われました。どうしてあんな本を持っていたんですか?」
男はにやりと笑った。「死馬の骨を買うという話を知っているか? 価値のないものだと思われても、それを大切にすることで、信頼や利益が生まれることがあるんだよ。」
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