獅子の子落とし(ししのこおとし)

「獅子の子落とし」

山奥の村に、名高い鍛冶職人の男、五郎が住んでいた。彼の技術は村中に知れ渡り、どんなに頑丈な刀や農具も彼の手にかかれば、見違えるように精巧なものに生まれ変わると評判だった。五郎には一人息子の修がいたが、彼はまだ職人としての道を歩む覚悟が定まらず、父の期待に応えられずにいた。

ある日、五郎は修に向かって厳しい声を出した。「お前もいい加減、鍛冶の技術を身につけなければならん。今日から修行を本格的に始めるぞ。」

修は重い気持ちで頷いたものの、内心では父の期待に応えられるかどうか、不安でいっぱいだった。鍛冶場の仕事は厳しく、熱い炉の前で重い鉄を打ち続ける日々が続く。しかし、修はすぐに心が折れそうになり、何度も逃げ出そうとした。

そんなある晩、修は父に「もう無理だよ、父さん。俺には才能がない。こんなに厳しい修行、耐えられない」と打ち明けた。

五郎は黙って聞いていたが、やがて深いため息をついた。「修、お前はまだわかっていない。強くなるためには、試練を乗り越えなければならないのだ。」

そして、五郎はある古い話を語り始めた。「昔、獅子は自分の子供を崖から落とすと言われている。子獅子は崖の底へ転げ落ちるが、そこで這い上がってこなければ生き延びることはできない。つまり、試練を乗り越えることができる子だけが、強くたくましい獅子となるのだ。」

修はその話に驚きながらも、心の中で反発した。「父さん、それはあまりにも厳しすぎるよ。そんなことをするなんて、無茶だ。」

五郎は静かに修を見つめた。「そうかもしれん。だが、お前が本当の強さを身につけるには、自分を限界まで追い込む必要がある。楽な道を選んでは強くなれない。だから私はお前に、厳しい修行を課しているんだ。逃げるか、立ち向かうかはお前次第だ。」

翌日、修は再び鍛冶場に立ち、父の言葉を思い出しながら鉄を打ち始めた。以前と同じように重く感じた鉄も、少しずつ慣れてきた。何度も失敗を繰り返しながらも、修は父の背中を見て学び、自分の手で何かを作り上げる喜びを少しずつ感じ始めた。

数ヶ月後、修はついに一本の刀を完成させた。それはまだ父の作品ほど完璧ではなかったが、修はその出来栄えに誇りを感じた。五郎はその刀を見て、無言で頷き、修に微笑んだ。

「よくやった、修。この刀は、お前が崖から這い上がってきた証だ。」

修はその言葉を聞き、初めて父が自分に課していた厳しさの意味を理解した。父の厳しさは、決して自分を苦しめるためではなく、自分を強くするための愛だったのだ。

ことわざから小説を執筆 #田記正規 #読み方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?