1000文字小説(106)・闇バス(ホラー)
「水奈ちゃん、どうしたの?」
声がした。
前の座席から、ミチコが覗き込んでいる。
いつものように、明るい表情が目を彩っている。
幼なじみの優しいミチコ。
「どうしたの? 水奈ちゃん、顔色悪いよ」
「うん、ちょっと吐き気がして、乗り物酔いかも。だから気にしないで。ありがとう」
水奈は礼を言った。
だが、気分の悪いのは本当だった。
全く解消されそうになかった。
今日は、待ちに待った遠足の日――
クラスメートたちと、担任と目的地に向かっている。
(あれ)
目的地はどこだっけ?
「気持ち悪い」
座席の網に挟まっている嘔吐用の紙袋を取り出して、口に当てる。
(うえっ)
胃液が少し出た。
胸のつかえは全くとれそうになかった。
「元気出しなよ。水奈ちゃんらしくない」
ミチコの動きが、どこか不自然である。
気のせいだろうか。
人形みたい。
「バナナ食べる?」
真っ黒なフィリピンバナナを座席の上から差し出している。
バナナは、腐っていそう。
変な色をしている。
「いい」
「ケンタッキーもあるよ」
「ケンタッキー?」
「うん。ママが買ってくれたの、ローストチキン」
「いい。私は、大丈夫」
脂身の多いものは、食べたくなかった。
勘弁して。
すぐにでも、吐いてしまいそう。
焦げ臭い。
気のせいかしら。
焼けた肉の匂い?
違う。食べ物とは違う、酷い臭いだ。
ちょっと待って、
このバス、変だ。
クラスメートも担任も、ずっと前を向いたまま全く動かない。
まるでマネキンみたい。
みんな、どうしちゃったの?
「ねえ、このバスってどこに向かっているの?」
相変わらず、目的地が思い出せない。
「どこって?」
「このバスの目的地よ。だってみんなの様子が変じゃない。おかしいわ。呪われているわこのバス」
「ええ。この車両って事故車両なの」
ミチコの声がくぐもる。
その時、天井の照明が消えた。
次に明かりがつくと
「え」
バスの座席は黒焦げになっていた。
乗っていたクラスメートたちも、全身が焼けただれて、真っ赤になった皮膚がずるむけている。
こっちを向いた水奈の目は、目玉がなく真っ黒い空洞である。
「バスはね、今から、3時間前に交通事故を起こしたの。居眠り運転をしたダンプカーが対向車線からはみ出してきて、それを避けようとしたバスの運転手さんがトンネルの壁に衝突したの。バスは横転して、私たちもローストチキンみたいに丸焼けになった」