1000文字小説(24)スパイ・羽田空港にて(難病)
「眠い」
タケヒサは仮眠室から出ると、懐中電灯を持って保安区域に入った。
羽田空港・第二ターミナル。
小型カメラ『ゴープロ』をポケットに忍ばせている。
タケヒサは、警備員の制服を着ている。ブラック警備会社。脱走する隊員も多いという。
甥っ子が難病である。
近々大きな手術をする。手術の前に、甥っ子にプレゼントする予定だった。
「あの子、787のパイロットになるのが夢なんだ」
叔父が言った。
病院のベッドの周囲には、ポスターや模型。全てのボディに『787』とペイントがある。
「必ずボーイング787のレアな映像をプレゼントする」
タケヒサは甥っ子と約束した。
この『ゴープロ』は、叔父がクリスマスに甥っ子に買い与えたものらしい。
『羽田空港のガードマン募集』
広告を見つけると、タケヒサは警備会社に入社した。
787を撮影したら、すぐに退社つもりである。いってみれば、スパイみたいなもの。
昼間の保安区域は、ハイジャック防止の為、警備員であっても厳重な検査を受けねばならない。
危険物は持ち込み禁止。カメラなども不可だ。
よって、航空機の発着のない深夜にしか、『ゴープロ』を持ち込むことはできそうになかった。
タケヒサは、保安区域に入ると『ゴープロ』を忍ばせたまま、保安区域を歩き出した。
タケヒサに飛行機の知識はなかった。
だが、ボーイング787は、ボディに数字がペイントされているのでわかりやすかった。
北端から南端まで、一キロ近くあるという。
タケヒサは、初めに南ピアまで歩いたが、愕然とする。787と記された機体が見当たらない。
理由はわからない。深夜なので空港職員に聞くこともできなかった。
(やむを得ない)
タケヒサは、片っ端から、横付けされている航空機を撮影していくことにした。
――何もないよりマシだろう。
それから、一カ月の間、深夜のターミナルを歩き回ったが、結局、ボーイング787の姿を見つけることはできなかった。
「ごめんよ。なかったんだ」
頭を下げながら、甥っ子に『ゴープロ』を返した。手術は明日である。
「ばっちり映ってる」
意外な答えが返ってくる。
「どの飛行機も、ペイントがないでしょ」
「あれ、特別塗装なんだよ」
「特別塗装?」
「2011年、ANAが 成田~香港間で、世界初の商業運航を行った。それを記念したみたい。でも2014年から、全て通常塗装に戻されたんだ」
甥っ子が解説する。
「だから、787はきちんと撮影されているよ。ありがとう」