1000文字小説(111)・陰謀論ファミリーの憂鬱(オカルト)
「ユリコ、電気つけっぱなしじゃないの。何をやっているの?」
ママが帰ってきた。
ママは、怖い顔をしている。
いつものこと。
般若のような顔で、部屋の中を覗き込む。
髪もボサボサで、両方の甲には星のマークと逆さ卍のタトゥが彫られている。
自分で彫ったので、甲はケロイドだらけ。
ママの機嫌は悪い。
極悪。
理由は明白。
家の明かりが外に漏れているから。
「何度言ったらわかるの」
ママが勢い良く開けたので、ドアが酷い音を立てた。
「ギッ」
弟のタクマが悲鳴を上げた。
ドアの影に、げっそりと、やせ細ったタクマが寝転がっていた。
タクマはドアに頭をぶつけた。
何か、“ヒトリゴト”を言っている。
ヒトリゴトは、例の“崇拝の言葉”に似ている。
ママが、タクマに復唱させているうちに覚えてしまった。
「電気つけていたら、○○ステートの連中に見つかってしまう」
ママは真剣な顔だ。
「○○ステート? またその話。いい加減にして」
「今日。電気会社とガス会社から供給停止の通知が来たのよ。ママが、わけのわからない陰謀論にハマっているから、家賃の支払いもできないし。タクマもおなかをすかせたまま、いつだって、そう。もういい加減にしてよ」
ユリコは、督促状の束をママに投げつけた。
督促状がママの顔にあたったが、平気な顔をしている。
「私たち3日間、何も食べてない。どこに行っていたの」
「ユリコ、何度も言っているでしょ。ママは、家族の健康の為に、あのグループに参加しているのよ。ユリコやタクマの為を思ってやっているの。その証拠に食べ物だってたくさん貰ってきたし」
ママが紙袋を渡してくる。
「この袋、何が入っているの。気持ち悪い。こんなの食べろっていうの?」
ユリコは、そのまま吐いた。
袋の中から、生臭い湯気が立ち上っている。
「あの方が育てている“おいぬさま”の肉よ。大丈夫よ。みんな生で食べていたから、平気よ。栄養満点なのよ」
その時、タクマの異変に気付いた。
タクマは、ドアに頭をぶつけて大量に出血していた。
「救急車呼ばなきゃ」
電話をしようとするママ。
「待って」
ユリコは制止した。
「ママ、ダメ。病院の血は遺伝子操作されていて、輸血すると細胞が破壊されて緑色の悪魔の血液に変わるのよ」
ユリコは真剣に言った。
「ありがとう、ユリコ。危ないところだったわ」
やがて、血だまりの中で、タクマは動かなくなった。【了】