(怖い話/by処刑スタジオ)パンチドランカー・呪われたボクサー

「ようやく回復したよ。心配かけたな」
 三船タツヤは言った。

 病院の屋上。タツヤの背後には空が見えている。

 僕は自宅。タツヤとスマホでスカイプ通話をするのは久しぶりだ。

 タツヤは拳に包帯を巻いている。幼馴染。相手の舌が回っていないので、僕の胸が痛くなる。
 
 典型的な“パンチドランカー”の症状である。
 
 タツヤは元プロボクサー。

 後楽園ホールで試合を行ったばかり。酷い試合。テレビで見ていても反吐が出るほどだ。
 悪名を残すほどの血みどろの闘い。

 試合前からSNSで互いに煽りあう遺恨マッチ。

 すぐにタオルを投げ入れないセコンドも問題となった。
 
 相手のボクサーFは死んだ。命があっただけマシ、そんな試合だった。

「言葉がすぐに出ない時があるんだ」
 タツヤには以前から相談を受けていた。

 パンチドランカーの症状が出始めていた。どこか、老人や赤ん坊のようなたどたどしい口調になってしまっている。

「お前の顔を忘れたら堪忍してな」
 タツヤは笑った。
 
 ボクシングは頭部にダメージを受け続ける為、後遺症が残ることがある。

「うん。俺の電話番号を覚えているなら問題ない。ゆっくり静養しろ」
 スマホに突っ込みを入れる。

 冗談にしなければとてもやってられない。

 今回の試合でタツヤの症状が悪化したのは間違いない。
 元プロボクサーの中には、おむつをして生活する者もいるらしい。失禁するからだ。

「ははは……俺のパンチドランカーの症状は、もう回復しないだろう。試合終了時に、ダウンしたFが最後に放った言葉が消えない」

「相手は、なんて言ったんだ?」

「“道連れにしてやる。キサマも殺してやる”と、言っていた」

「そうか」

「その声がパンチドランカーの症状として残ってしまっているんだ、幻聴だ」

「幻聴だって自分で気づいているだけマシだよ。その病院の耳鼻科で診て貰えよ。今は良い薬があるらしいぞ」
 僕は気休めを言った。

「まただ。ボクサーFの声がまた聞こえる。すぐに医者に診てもらうよ」

「あ」
 僕は声を上げた。
 
 スカイプ中のタツヤの背後に男が浮いている。

 血まみれのボクサーだった。テレビで見た表情そのままだ。
 
 病院の屋上。そこは人の立てる場所ではない。

「離れろ、すぐにそこから離れろ」
 僕は叫んだ。

「幻聴はパンチドランカーの症状なんかじゃない。本物のバケモノだっ」

 伸びてきた血まみれの腕に抱き着かれて、タツヤは落下していった。
 
 
 

 

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