1000文字小説(67)・ヒットマン殺し(怖い話/by処刑スタジオ)
ギシギシと、廊下を忍び歩く足音が近づいてくる。
命の危機が迫っているのは間違いない。
第六感だった。こんな時、胸の傷を隠すように入れた般若の和彫りがシクシク痛みだす。
(幼少期に交通事故にあったんだ)
胸の傷について同じくヒットマンだった親父はこう言っていたはずだ。
親父は、ミカサ組の組長に可愛がられていたという。そんな親父は、相手のヒットマンに撃たれて死んだ。
優秀なヒットマンとして信頼も厚かった。親父と同じ極道の血が流れていることを誇りに思ってはいる。
悲しくはなかった。親父が死んだときも涙は出なかった。
冷たくなった親父の遺体。“やむを得ないんだ”と棺の中の親父は言っているようだった。
ヒットマンの宿命だ。いつでも死ぬ覚悟はできている。
足音は続いている。
耳だけが異常なほどに覚醒している。
誰だろう。
驚くには及ばなかった。ヒットマンの命を狙ってくる連中は後を絶たない。
そのまま枕の下に隠したコルトガバメントに手を伸ばそうとする。
愛用の拳銃だ。
だが、ずっしりと体が重くなぜだか金縛りにかかったように動けない。
(やられた)
寝る前に飲んだ酒にクスリを混ぜられたらしい。
ドアノブがカチャカチャ回って誰かが入ってくる。
「誰だ」
答えはない。
薄暗い部屋に浮かぶ人影。やはり殺し屋か。
「ボクですよ」
聞き覚えのある声がした。
そのまま声が枕元に近づいてくる。
「ぼっちゃん」
二ミュエルだった。
二ミュエルはフィリピンの組織から来ているヒットマンだ。
出稼ぎみたいなものだ。本物の舎弟ではないが、年齢も近く子分のように慕ってくる。
日本とフィリピンの闇組織は、臓器売買のビジネスでも繋がっている。
「ぼっちゃんの寝言が聞こえたもので」
二ミュエルの表情は暗くて見えない。
「用がないなら帰れよ」
うなされているところなんて見られたくなかった。
「話がある」
相手の口調が変わる。
「何だい話って」
「胸の傷についてだ」
「交通事故だろ」
「違う」
「ぼっちゃんが生まれた時、大きな手術をした。手術は合法的なものではなかった」
「親父が嘘をついたと?」
確かに胸の傷は交通事故にしては不自然ではある。
「ぼっちゃんは誕生時、重症心不全を抱えていた。重い心臓病だ」
「臓器売買か」
「あなたの父親は、フィリピンで赤ん坊を殺して心臓を移植した」
「弟の“心臓”を返せ」
胸の般若の刺青に突き立てられるナイフ。