(怖い話/by処刑スタジオ)もう一人いる
「またか」
倉橋は、背筋が寒くなった。
警察官としてはベテランである。何度も凶悪犯と取っ組み合いを演じているが、こうしたメンタルを逆なでされるような嫌がらせは苦手だった。
幼少期からの虐待。
(俺を殺そうとした両親)
メンタル的にも最悪だった時に、自分の身を守る為に柔道場に通い始めた。
今では柔道四段の腕前だが、それさえ何の役にも立たない。
倉橋が表情を曇らせているのは、手紙が原因だ。数カ月前から、郵便受けに不可解な手紙が入っていることがあった。
女のような字。
鮮血のように真っ赤なインクで書かれていて気味が悪い。
『ころされるから』
いつも手紙に書いてあるのは、これだけだった。
「殺されるって」
倉橋は呟く。
(どういうことだろう)
倉橋は周囲を見回した。
今は深夜の一時だ。当然だが、人の気配などはなかった。
警察官として、ストーカーの対応をしたことだってある。
近所の女性の住人が、倉橋に助けを求めているのだろうか。
――だとしたら、なぜ警察署に行かないのか?
「ん」
倉橋は、封筒をごみ箱に捨てようとして思いとどまった。
珍しい。封筒に何か入っている。
DVD-Rだった。
相手からの何かのメッセージのような気がして、倉橋は自宅の居間でパソコンの電源を入れた。
強い酒を飲みながらDVD-Rをセットする。
「ドラッグクイーンか」
PCの画面に映し出されたのは、女装した男性の姿だった。
かなり化粧が濃い。
もはや原型のわからないほど造り込んでいる。声をわざわざ高くしてしゃべっている。
歌舞伎町で麻薬がらみの“職質”をする時、こうした趣向の人々と接することはある。
「ねえ。よく聞いて」
ドラッグクイーンは話し出した。
やはりメッセージがあるのか。
「もう一人いるの」
ドラッグクイーンは言った。
――何かが、わかりかけている。
「あのね。思い出して。私はアナタ自身。幼少期に精神疾患を抱えていた時、あなたから分裂したもう一つの人格。私は自暴自棄になるアナタの危機を何度も救った」
(もう一つの人格)
この声は聞き覚えがある。
あの女のような文字にも。
倉橋は、あの時期、もう一人の自分が鏡の前で女装して気持ちを落ち着かせることで乗り切った。
「アナタは今、出所した薬物中毒者に狙われている。だからこうして現れた。こうでもしないと」
「殺されるから」
その時、チャイムの鳴る音が響いた。