広島シチズン
プロローグ
[第一幕第一場」
[広島市民の長老のコロス登場(パロドス)]
コロスの長(コロパイオス) 懐かしいのう。
おうおう。おまえ誰なら?おまえこげーにハゲちょったかいのう。
コロス お互い様よ。おまえも歯が一本もにゃーじゃにゃーか。
コロスの長 懐かしいのう。わしらの町を歌おうかのう。
コロス わしらの歌を始めようや。こころして聞けえよ。わしらとてもじゃにゃーがこげなことしとる場合じゃないんじゃ。ぶちくそ忙しいんじゃ。夜明け前の会議に出席してゲートボール、町の清掃もせにゃいけん。バアさんらにいびられて、そりゃあいびせえのういうて、愚痴ばっかり言うとるんじゃけえ。こげなことになるんじゃったら、長生きなんかするもんじゃないのう。言うてもせんないことじゃけえ、わしら気晴らしに山(ざん)にでも登ろうやあ。足腰鍛えてなんぼでも生きるんでえ。
三月、桜が満開よ。てっぺんに向かって螺旋を描く道沿いに桜の枝がトンネルを作りようる。極楽への道は険しいが美しいもんよ。頂上にゃレストランがある。土産物屋もある。もみじ饅頭を売りようる。展望台には望遠鏡が付いとって、わしらの町が一望じゃ。島に架かる橋があって、アフラマヅダの工場の車が百万面のルービックキューブになって並んどる。宮島が見えるど。大鳥居が見える。蘭陵王が走り舞ようる。鹿が笑うとるど。ロープウェイが猿を乗してナタリーの大観覧車まで運んどらあ。天にましますわしらの神、元就公の三本の矢が清盛公の扇を射て、音戸の瀬戸の日の本を天空に留めよったでえ。日章旗はためく戦艦大和が、呉の警固屋基地(ドック)から進水しよった。長門の島で磯辺に船泊りする遣新羅使阿倍継麻呂が見えるど。
我が命を 長門の島の 小松原 幾代を経てか 神さびわたる
瀬戸内にゃ牡蠣の筏が竜宮城になっとってアザラシ(ネレイデス)が寝そべり、からす岩で海の翁プロテウスが千変万化しようる。元宇品の突端、白い(ファロス)灯台の隣りに楠が生えとって、似島でカール・ユーハイムがバウムクーヘンを拵えようる。
同心円状に波が逆巻いて海の娘テティスが武具を持って現れたど。村上水軍が先を争って奪い合いじゃ。東じゃ熊野で筆作り、鞆の浦じゃあ春の海がのたりのたりしようる。北じゃあ沼田の城で沼田二郎と河野四郎が能登守と戦じゃ。三次の霧の海から葡萄酒が溢れ出ようる。銀の玉葱仏舎利塔が見えるど。
コロスの長 左へ、もっと左じゃ。市民球場が見えるじゃろうが。わしらのカープが巨人(ポリュペモス)戦の真っ最中じゃ。
コロス 一本足の王がおるど。絶好調の中畑がおる。流し打ちの篠塚が。砂かけ目潰しのスミスがおる。
コロスの長 もっと寄れ、寄れえや。
コロス 赤ヘル軍団のスターティングメンバ―の発表じゃ。
一番ショート高橋慶彦
二番ライト山崎隆三
三番ファーストライトル
四番レフト山本浩二
五番サード衣笠幸雄
六番センター長嶋清幸
七番セカンド三村敏之
八番キャッチャー達川光男
九番ピッチャー北別府学
コロスの長 見てみいや。最強じゃろうが。
コロス トランペットの音鳴り響き紙吹雪が舞う。ロケット風船が飛ぶ。鯉のぼりが泳ぐ。古葉竹識が半分隠れちょる。慶彦が身体をくねらせる。やっぱり慶彦が出んにゃあ、野球が始まらんでえ。広島シチズン夕方六時。
[山頂レストランでは華鬘組系螺髪会の構成員が、会長畑田万吉を筆頭に副会長古田流石、補佐役金村健、若頭林幸太、以下五十名、会長を上座に構成員同士向かい合って会合の宴酣であった]
会長畑田 それじゃけえいうても、わしらがやらんにゃあいけんのじゃけえのう。大したことはできんかもしれんが、叔父貴はわしらのことを思うてようしてくれちゃったんじゃけえ。何かあった時はわしんとこへ来いや力になっちゃるけえ言うて、わしらみたいな糞造り小僧のことまでよう見てくれとったんじゃけえのう。組長はそりゃ面白うないかもしれんけどのう。
若頭林 わしらもようかわいがってくれましたけえ、ここは一つ筋通してやらしてもらおう思うんですがのう。
副会長吉田 よう考えにゃあいけんで。わしらが出しゃばってそがあなことまでしてもええんかのう。出る杭は打たれる言うけえのう。
補佐役金村 シマはえっとあるいうても、無限にあるわけじゃないんど。新しいシマができるわけじゃなし、これだけシノギ任してもろうて、上納金預かっとるんもわしらんとこでえ?ここでしめしつけとかんと、しわい奴らじゃ言われるど。
若頭 こてんぱぁじゃ。若いもんに気合い入れさしますけえ、ここは一つどうですかいのう。
会長 わしらもこれからしのいでいくんは大変になってくるんど、兄貴んとこを頼りにしていかんにゃあ、そのためにゃどうしても守らんにゃあいけんもんがあるじゃろ、人の筋ちゅうもんをのう。わしらが守っていかんにゃあ、誰が守っていくんなら、のう。
副会長 まあ、もうちぃとばかし考えてみてつかあさいや。いたずらに兄貴を刺激したんじゃあ、あだな命を無駄にすることになるんじゃないか思いますけえ。
会長 考え過ぎよのう、兄貴はそがあな尻(けつ)の穴の小さい人間じゃないわいや。動く時には動く、それが今までわしらがずっと通してきたことじゃろうが。
副会長 分かっとりますがのう。
会長 分かっとらんで、おのれは。わしらこんだけえっとシマ任してもろうとるんじゃ、中途半端なことして若いもんを路頭に迷わしたり、豚扱いされてナメられたりするようになったんじゃあ、叔父貴にも先代にも申し訳が立たんのんじゃないんか、のう。ここが肝心要なとこなんで。わしらなんで、今この組任されとるんは。わしらがしめしつけてみして、若いもんを引っ張っていかんにゃあ、のう。
副会長 そうですがのう。会長の気持ちが固まっとるんじゃったら、わしは文句はないですけどのう。
補佐 ほいじゃあ決まりいうことで、ええですかいのう。
若頭 よっしゃ酒、入れましょうや。「賀茂亀」んとこの"梵天"
いうええ酒が入ったんです。
コロス おおええ匂いがしてきたのう。たまらんのう。酒じゃ酒じゃ。今日びこげなええ酒はそんじょそこらにゃあ出回っとらんよ。若さ甦り気力漲ってくる。智慧と欲望の合一が果たされた暁にゃ、途方もない、ぶちくそ大きい叢雲の御柱がおっ立つじゃろう。導かれるんでえ。
コロスの長 どこへなら?
コロス どこでもええじゃろうが。新しいもんが待っとるとこへよ。
コロスの長 どこやそれは?
コロス 次の幕じゃないの。
コロスの長 締めの歌を歌わんにゃあ。
コロス いびせえのう。たいぎいのう。
瀬戸は日暮れて 夕波小波 フェリーが行き交うて 汽笛がボーと鳴りよります。百万トンバースに大和が寄港しよりました。波動砲が火を吹いて、安芸の小富士に穴を開けよりました。十インチ砲が右舷後方、電電公社を蜂の巣にしよりました。金輪島のクレーンが動いて産業奨励館を造りよります。原爆の子の像の千羽鶴が一斉に飛び立って、色とりどりの折り鶴が千切れ雲になってちぎり絵で広島の町を作りよりました。
広島シチズン夜の七時。
[コロス退場(エクソドス)]
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note作品集VOL.1
noteに投稿した小説の中から10作品ほどまとめました。 興味を持たれた方は、ぜひ読んでみて下さい。
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