【中村先生が女子力カンスト彼女と休日を過ごす話】

※二次創作
※中村先生夢(夢主の名前の登場なし)
※【中村先生が女子力カンスト彼女に癒される話】の翌日編



 目が覚めると既に日は高く、間もなく12時を迎えるところだった。就寝が遅かったとはいえ、2人して爆睡してしまった。まあ今日は出かける予定もなく中村さんの休息に充ててもらおうと考えていたので、むしろよかったのかもしれない。でも私まで一緒に寝てしまうとは誤算だった。彼が寝てる間に洗濯とかご飯作ったりとかしておきたかったのに。
 反省しながら布団の中でもぞもぞしていると、中村さんも身じろぎをしてこちらを向いた。
「おはよ」
「おはよう……」
 寝起きでまだ目が明かないらしい彼は、普段より一層深いシワを眉間に刻んで渋い顔をしている。
「ちゃんと寝られた?」
「ん゛ん……あー……すげえ寝た」
「よかった」
 布団の中で内緒話でもするように、起き抜けのかすれた小声で会話する。カーテンの隙間から漏れる昼間の太陽光が眩しいらしく、彼は片腕で両目を覆った。今日は秋晴れだ。


 とにかくまずは洗濯機を回そう。昨日奪ったバッグから中村さんの着替えを取り出し、デリケートそうなものはネットに入れて洗濯機に投入していく。自分の分の洗濯物と昨夜使ったタオル類もついでに放り込み、洗濯洗剤と除菌用漂白剤を入れる。スポーツウエアやタオルは柔軟剤を使うと繊維がコーティングされて吸水性が落ちるのであまり入れないほうがいいらしいと以前教えてもらったため使わない。個人的には柔軟剤でふわっとしたタオルも好きなので、自分で使う分には柔軟剤を入れることも多いけれど。最近はドライ効果のある柔軟剤もあるようだが、あれはどうなのだろう。
 スタートボタンのスイッチを押せば水の流れる音が聞こえ、洗濯機が震えだした。
 洗面を済ませると、ぼーっとしていた頭がすっきりする。部屋の鏡の前で軽く保湿だけしていると、洗面所から出てきた彼もさっぱりした顔をしていた。昨日よりかなり顔色もいいようでほっとする。
「はい、こっち来てー」
 手招きすると彼が軽い疑問符を浮かべながら寄ってくる。
「はい、保湿ー。男の人も保湿はちゃんとしなきゃって言ってるでしょ?」
と言いながら手のひらに余っていた保湿液をゴツゴツした顔に塗り付ける。少しささくれた感触の肌に、「どうせ普段はあんまりしてないんでしょ?」と問えば、「面倒くさくて……」と彼はバツの悪そうな表情を浮かべた。


 部屋の音楽プレイヤーの電源を入れつつ、朝ご飯もブランチもすっとばして昼食となってしまった食事作りに取り掛かる。と言っても昨日の残り物の再利用なのでそう時間はかからなかった。
 卵を溶いてオムレツを2人分作り、少しだけ残っていたラタトゥーユをソース代わりに掛ける。冷凍庫には4等分ほどにカットしてストックしてあるバゲットがあるので、凍ったままトースターにつっこみ、焼きながら解凍する。玉ねぎを少しだけスライスして、ラップに包んで軽くレンチンしてから水気を取る。焼きあがったバゲットに切れ目を入れて、昨日の鶏ハム、オニオンスライス、サニーレタス、スライスタイプのチェダーチーズを挟んで終了だ。ついでにヨーグルトもつけておく。
「いただきまーす」
 昨夜と違って2人分の皿が並んだテーブルに向かい合って座る。手を合わせて、ミルクティーを入れた自分のカップに口をつけた。中村さんはコーヒー派だけれど、あいにくと私はコーヒーが飲めないので、うちではいつも私に合わせて紅茶を飲んでくれる。今日はロイヤルワラントを授かっているミントグリーンの紅茶缶がかわいいところのブレックファストブレンドだ。ミルクティーにぴったりで気にいっているが、ストレートでもしっかりした飲みごたえでもちろんおいしい。目の前の彼はストレートでカップを啜っている。
「涼しくなってくるといよいよ紅茶がおいしい季節だよねえ」
「最近は朝も冷えるからなあ」
「あと1か月もすればダージリンのオータムナルが来るよー。今年はどこの買おう~~~」
 頭を抱えてやにさがる私に、ご飯を咀嚼しながら彼は笑った。こうやって彼の知識が及ばない話題にも大抵にこにこ笑って付き合ってくれるので、私はいつも甘えてしまう。でも、私もコーヒー豆農園のこととか各お店のハウスブレンドの味の違いとか言われてもわからないけれど、中村さんの興味あることならたぶん楽しく聞いてしまうだろう。今度、私でも飲めそうなコーヒー淹れてもらおうかな。
 ご飯を食べ終えたころに洗面所から洗濯が終了した音がした。最後に一口残っていた紅茶を飲み干して立ち上がる。
「俺が片付けとくよ」
 彼も同時に椅子から立ち上がってそう言った。
「ありがとう。じゃあ私、洗濯物干してくる!」
 そう答えて、彼はキッチン、私は洗面所へとそれぞれ向かった。
 洗濯物をかごに入れ、ベランダに出る。食事の準備中からオーディオで控えめに流しているピアノトリオのインストバンドの曲を鼻歌で口ずさむ。気分よくハンガーへ洗濯物を掛けていると、先に洗い物を終えたらしい彼がやってきた。洗濯かごにあと少し残っていた濡れた衣類を一緒に干していく。
「今日どうする?」
「中村さんお疲れだからゆっくりしよ」
 隣り合わせに肩を並べながら今日のことについて相談する。
「うちでなにか映画でも観る? あっ、それともバレエ観たい?」
「……いいの?」
「いいよう。じゃバレエ観よ。ちゃんと解説してね!」
「もちろん」
 最後に残しておいた大判のタオルを2人で広げ、協力して洗濯竿にかけたら洗濯任務は完了した。秋の乾いた風が、なんとか夕方までには全てを乾かしてくれそうだった。次は後回しにしていた歯磨き任務のため、私たちはベランダを後にし、再び洗面所へ向かった。


 昨日の残りの水出しハーブティーのグラスを片手に、中村さんはベッドを背もたれにしてビーズクッションに座る。私はその後ろでベッドに寝そべって横向きでテレビを見るだらだらスタイルだ。
 スマホの動画アプリをブルートゥースでテレビに繋いで再生する。画質は多少荒いが、そもそも大きくないテレビなのであまり気にならない。それにしてもプロのバレエ団の公演をこうして動画サイトで全幕無料で見られるなんていいのだろうか。もちろん数は限られているが、選ぶには充分すぎるほどたくさんの動画が上がっているので、チョイスはいつも彼にお任せしている。彼の家にお邪魔するときは彼のDVD・ブルーレイコレクションの中から選んでもらう。私は先日観た『不思議の国のアリス』がとても気に入ったが、彼がぽろりとこぼしたところによると、この演目のいもむし役を演ったことがあるらしい。「写真ないの!?」と詰めよったが曖昧に濁され、未だに彼のいもむし姿は拝めていない。そのうち絶対見せてもらおうと決めている。
 今日は『海賊』を観ることにした。以前も観たことのある演目だが、前回とは違うバレエ団の公演で、異なる箇所も様々あるらしい。
「わ、なんかこの前の人とは全然違うね。なんか、この前の人よりもっと……自由な感じ」
「こないだのアリ役は端正で丁寧な踊りでより貞淑な奴隷らしさがあったが、この人のアリはダイナミックで海賊の荒々しさもある。海を駆ける喜びのようなものも感じるな。踊りの個性や役の解釈の違いで、ここまで変わるもんなんだよ」
 この演目の見どころらしい海賊コンラッドの奴隷、アリのヴァリエーションを観ながらボリューム控えめの声で感想を囁きあう。テクニックとしては今回のアリ役の人のほうがすごいものを持っているらしく、その難しさについて中村さんが嬉々として語ってくれる。この有名なヴァリエーションは当然彼も踊ったことがあるらしく、1分のほどの短い同部分を繰り返し早戻ししながら、「ここ! ここが!」と各動きが簡単そうに見えていかに難易度の高いものであるかを教えてくれた。確かに今回の人のほうが目を惹く踊りだと思うが、私は前回のアリ役の人が纏う雰囲気が、ふとした動きに現れる中村さんのバレエの空気になんだか似ている気がして好きだった。きっと彼がアリを踊ったときも、あの人のようだったのじゃないだろうか。そう彼に伝えると、
「いや、俺はあんなに上手く踊れないが……まあ踊りの好みもそれぞれだからな」
と言ってグラスのお茶を飲みほした。そしてわずかに赤らんだその耳の先を斜め後ろから眺めながら、私はまた彼から見えないところで声を出さずに笑うのだった。


 中村さんの解説により本来の動画再生時間よりもかなりボリュームのあった『海賊』を見終え、私たちは夕食の買い出しに出ることにした。ちなみに今回の『海賊』は、前回のものとはラストの展開も違っていてびっくりした。ダンサーによって演目の雰囲気も変わるし、同じものが各地で何度も上演されていても見飽きられないのも納得だ。
 少し日の傾いた道を歩きながら、夕食のメニューの案を出しあう。いくつかの案が上がったが、最終的にお鍋になった。
「やっぱり鍋だよねえ」
「やっぱり鍋だよなあ」
「何鍋にする?」
「水炊き食いたいかなあ」
「あ、私きりたんぽ入れたい」
「へー、水炊きに? うまそうだな」
「九州と東北のマリアージュおいしいよ! きりたんぽ売ってるといいなあ」
 スーパーに着き、塩レモン鍋の誘惑に負けそうになりながらも、きりたんぽ含めなんとか目的のものを買いそろえることができた。ついでに四合瓶の日本酒も買った。九州と東北に更にマリアージュするということで間を取って北陸のものにした。買った荷物は半分ずつ持つことを提案したが、結局彼が大半を持ってくれて帰路についた。
 家に帰り、乾いた洗濯物を取り込んでから2人でお鍋の準備をする。材料を切って入れるだけなのであっという間にできあがってしまった。
「あ、きりたんぽうまい」
「でしょー」
 熱燗からぬる燗に変わりつつある日本酒にちびちびと口をつけながら、上機嫌で私は答えた。
「このお酒もおいしいね」
「ああ、辛口って書いてあったけど本当すっきりしてて飲みやすいな」
 目の前で煮えた2人用の鍋の中身はもう半分以下になっていて、きりたんぽも出汁を吸ってちょうどおいしい頃合いだった。カセットコンロの火を切った後、私たちはゆっくりした動作で鍋をつつきながらこの1週間のことなどを取りとめなく喋りあった。


 お鍋を完食し、私が流しで片付けをしている間、彼は乾いた衣類など自分の荷物をバッグに詰めて帰り支度をしていた。私の家に来る日はこうしてお酒を飲むこともままあるので、車ではなく電車で出退勤をしていることが多い。最近は終電に間に合わなかった場合、夜はタクシーで来ることもあるようだ。1日だけのお休み。コンクール予選が終わるまでは、また1週間、多忙な日々に身を投じるのだろう。私はなんとなく面白くなくて、酔い覚ましに温かいほうじ茶を淹れた。
「はい、お茶淹れたよ」
「ありがとう」
 支度が終わったらしい彼が荷物をまとめ、テーブルの席につく。2人で静かに香ばしい香りのお茶を啜った。ちらりと窓を見遣る。
「……外、また寒くなってそうだね。忙しいんだし風邪引かないように気を付けてね」
「うん」
 それだけで応酬が終わると後はやはり沈黙が降りてきて、私は両手で握ったカップの温かみに縋るように、その陶器の肌を指先で撫でた。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
 カップを空にした彼が立ち上がり荷物を手に取った。
「うん」
「色々ありがとな。めちゃくちゃ疲れ取れたよ」
「よかったー」
 笑ってはみるものの、いつもより自然に笑えていない気がする。
「(帰ってほしくない)」
 わがままな部分の自分がそう主張しているのがわかる。しかし、彼の疲れを癒し、健やかな状態で明日からの日を迎えてほしいのもまた本心だ。まだ一緒にいてほしい、引き止めてはいけない、相反する2つの本心の声がこだましあうのを聞きながら、私は彼を玄関まで見送った。
「じゃあまた」
「うん、また」
 靴を履いた彼が玄関のドアを押し開ける。ひゅうと小さく風鳴りの音がして、昨日よりも冷たい空気が吹き込んだ。
「あ、」
 そして私は、ドアを開けた腕とは反対側の彼の腕の袖を、ほとんど無意識に掴んでいた。
「……っ」
 息を吞んだのはどちらのほうだったのか。ドサドサと彼の左右の腕から荷物が落ち、抱きしめられたのだと認識する間もなく、眼前に硬い胸板があった。流れるように右手で顎を持たれ、真上を向かされる。言葉なく重ねられた唇の合間に、僅かな酒精を感じとった。身長差が少しでも埋まるよう精一杯首を伸ばす。目を閉じてのっけから荒々しいキスを受け止めながら、私は彼の背後で開けかけたドアが静かに閉まる音を聞いた。


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