【中村少年が嘘をつく話】

※二次創作
※中村先生夢(夢主の名前の登場なし)
※ダンスール合同誌ボツ作品のため嘘がテーマ


 先日所用で実家に泊まった際、かつて自室として使っていた部屋で、書棚に並んだ文庫本数冊がふと目に留まった。やや埃っぽいその輪郭のエッジを指でなぞりつつ表紙の半分を引き出し、今の住まいに持って帰ろうか逡巡して、やめた。

 バレエを志す学生にはとにかく時間がない。昼間は当然学校があるし、終わればほとんど毎日レッスンがある。学校の課題もこなさねばならないが、コンクールや発表会前などの大事な時期は練習が深夜帯にかかることも珍しいことではない。特に父がバレエ教室を営む自分にとってオンとオフの時間の境界は非常に曖昧で、いつでも練習できる環境がある反面、父の目もあり、自分の好き勝手できる完全プライベートな時間というのはあまり持てた覚えがなかった。まあバレエに本気で取り組む子どもは得てして親も熱心な場合がほとんどなので、実際どこの家庭もきっと自分と似たり寄ったりなのだろう。
 つまり、バレエダンサーになりたい人間は学校での一般的な青春のあれやこれやの一切はおおよそ諦めなければならないということだ。放課後友人と遊びに出歩く習慣もなく、部活は練習時間を確保するため活動が活発でない文化部に所属するのは通例。自分が自主練で汗みずくになっている間に行われているであろうあれやこれやへの憧れに蓋をしながら、「これだけバレエに身を捧げているのだから自分はきっと成し遂げられるはず」と必死になって足を上げている。まだ何者でもない”ただのバレエを習っているいち学生“には、そんな根拠のない確信しかすがるよすがはないのだ。


 俺が普通高校に入学したのは、中学在学中に留学のできる目途が立たなかったからだ。才能あるやつは早いうちからコンクールなどで見いだされてあっという間に海外へ行ってしまう。未だに日本から出られず父親からも逃げられない自分に、俺は内心忸怩たる思いで高校へ進学したのだった。
 入学初日に配られた部活動一覧のプリントを片手に、周囲を見回しながら閑散とした廊下を歩く。新歓期間が始まった現在、各部活がそれぞれの部室や練習場所にて新入生向けのレクリエーションを行っているらしい。目当ての部屋を見つけ、再度プリントに目を落とす。新歓期間にしてはいやに静かすぎないだろうか。しかしプリントの情報が正しければ、図書室にほど近いこの静かな小部屋が、俺が入部希望する文芸部の部室らしかった。
「あー……失礼します」
 念のためそう声掛けしてから開けた引き戸に鍵はかかっていなかった。そして、中には人がいた。
 俺が引き戸を開けたことで正面の開け放たれた窓から強い春風が吹き込み、部屋のカーテンとその人の髪を大きく揺らした。彼女は驚いたように手元の文庫本から顔を上げ、ぱっとこちらを見た。その瞳は大きく開かれていた。
「あっ……と、すみません」
 俺は急いで部屋の中に入って扉を閉めた。
「ええと、1年の中村です。文芸部の入部希望なんですが……ここであってますか?」
 先ほど確かに部屋の前に掛けられた『文芸部』の文字を確認したはずだが、何の新歓活動も行われていない様子に場所を間違えたのではという疑念を拭いきれず、俺は恐る恐る質問した。
「あっ、ごめん。合ってます。ここが文芸部です、ようこそ」
 彼女は手早く文庫本に栞を挟んで閉じるや長机から立ち上がって、狭い部屋を数歩で飛び越えるようにこちらにやってきた。
「まさか新入部員が来てくれるなんて思わなくて。先輩たち卒業してからちゃんと活動してるの私しかいなくて。えっと、3年生は男子が1人いるんだけど不登校だから、2年だけど一応部長です。よろしく」
「部長さん。よろしくお願いします」
 お互いにこうべを下げあって顔を上げると、まだ早めの午後の陽光が彼女の髪一本いっぽんを後ろから茶色く透かして光った。開いた窓の向こうではすっかり葉桜となった桜並木がつやつやと照らされ、遠く運動部の声が聞こえる。
「といっても申し訳ないんですが僕もあまり顔は出せなくて……」
 緊張と嬉しさが入りまじった顔で見上げてくる彼女に、俺は罰が悪くなり目をそらして耳の後ろを掻いた。
「僕バレエやってて、あ、踊るほうの。で、毎日レッスン行かなきゃいけないんでこの部選んだんです。すみません」
「あっ、ああ~~。そっかあ……。活動時間に『各自不定期』って書いてあるもんね。大丈夫、名義貸しだけしてもらってる私の友達とかも基本来ないし来てもみんなでだべってるだけだし! 内申は大事だよね!」
「内申……。すみません」
 内申のことをあっさり言いあてられ、俺は更にきまり悪く俯いた。
 この高校では部活動への加入は強制されていない。しかし何かしらの部活に所属しておくほうが少しばかりでも当然のこと内申は上がる。
 内申。この期に及んで何を気にしているのだろうと思った。これではまるで自分が大学へ進学することが前提のようではないか。高校3年間でも海外留学が叶わず、海外どころか日本のバレエ団への就職も叶わなかった場合の、日本にあるどこかしらの大学の舞踊科への進学を見越したような、まるで。いやそれどころかこの3年で自分の才能を信じられなくなってしまえば進学先は舞踊科ですらない可能性だって――。
 最悪な3年後の未来像が頭をよぎり、俺はかぶりを振った。
「いや、でも時間あるときはたまに顔出しますね。先輩の友達は何人所属してるんですか?」
「元々はあと2人。で、部の存続には全部で5人必要だからこの前とりあえずもう1人入ってもらって、中村くんで6人目。お陰で安泰だよ、ありがとう」
「僕の代で廃部かもしれないですけどね……」
「私が卒業するまでもてばいいの。ここにいるのが好きなだけだから。あ、鍵は私が持っててほぼ毎日いるから基本開いてると思う。あとはそうだな……秋の文化祭で毎年部誌出してるから、そのときだけなんでもいいしちょろっと書いてくれれば。あ! あとこの名簿に名前と連絡先書いてくれる?」
 大量の本が納められた部室の棚からノートを1冊取りだし、先輩がペンと一緒にこちらに差しだした。歴代部員の個人情報が並んだページの末尾に、俺は自分の名前を書きたした。


 こうして正式に文芸部員となった俺は、約束通り、放課後空いた時間を見つけると部室へ足を向けた。先輩は言っていた通りほとんどいつも部室にいて大抵は1人で本を読んでいたが、たまに先輩とその友人たちである他の文芸部員とでスナック菓子をつつきながらおしゃべりに興じていたりした。
「中村くんも食べるー?」
「いえ僕は……大丈夫です」
「中村くんバレエやっててお父さんが厳しいから余計なカロリー取れないの」
「マジ? 女子高生より管理シビアだね」
「うち運動部だから気にせず食べてるや。バレエってカロリー使わないの?」
「てか中村くんに詳しいね」
「だってみんなよりは部室来てくれるもん」
「うちらは毎日教室で会ってるじゃん」
「まあね」
 先輩がたは運動部と兼部の者もいれば放課後はバイトに費やしている者もいるようだった。彼女らの溌溂としたテンポの会話に後輩男子1人で混ざるのはなかなか気が引けて、俺はそういうとき何かと理由とつけて早々に退散した。
 逆に2人だけのとき、先輩は余白の多いテンポでゆったりと話した。俺もついつい予定より長居をした。
「バレエってどんなお話を演じるの?」
「んー……? ストーリーだけ言えば陳腐なものが多いですかね。王子役と姫役が出会って恋をして、邪魔をされたり試練があって、最後は結ばれたり結ばれなかったりな話が多いです」
「へえ、昼ドラみたいだね」
「昼ドラですか。まあ結構ドロドロしてることもあるのでそうかもしれません」
 雨の日のある日の会話。俺はシャーペンを走らせて数学の宿題の数式をノートに書きこみながら顔を上げずに答えた。先輩はハードカバーの本を開いて持ってはいるものの、薄暗い窓の外を眺めている。
「そういえば前に読んだ『嵐が丘』って本があって、中村くん知ってる?」
「なんとなく名前だけは」
「有名だよね。世界三大悲劇だっけ。で、どんな名作なんだろうって読んでみたら昼ドラじゃん! って思って。でも訳者の後書きに『翻訳するまでこれは昼ドラだと思っていたがこの作品は決して昼ドラではないとわかった』みたいに書いてあって笑っちゃった」
「自分で翻訳しないとその域まで理解が達しないのかもしれないですね」
「ねー。まあ激しい愛のお話だったからバレエの参考になるかもよ」
「今度読んでみます」
「図書室に揃ってるから」
「あー……たぶん貸出期限内に読みおわれないので自分で買います」
「ああ、長いし無理して読まなくていいからね」
「はい」
 いつの間にかお互いに顔を合わせて話をしていたが、その後はまた各々の世界に戻り、時折ページを繰る音だけが部室に響いた。


 しばらくのち、俺は久々に部室に顔を出した。
「『嵐が丘』、読みましたよ」
「わあ長かったでしょう」
 その日、先輩の手元の本は閉じられていて、期待をにじませた表情を活字ではなく俺に向けていた。
「昼ドラでした」
「だよね」
 期待に応えることができたのか、うんうんと首肯する先輩。
「でも文学性みたいなものも確かに少し感じました。愛とか暴力の根源みたいなものについて考えましたね」
「うわーさすが中村くん。理解が深い。私はね、『ネリー、私はヒースクリフなのよ』っていうキャサリンのセリフがすごいなって思った。いくら愛してても愛する人が自分自身なんて普通おこがましくて言えないというか……狂気的で怖いくらいだった」
「それを表現したかったのかもしれませんね。バレエでもそういう狂気的な愛とか熱烈な衝動とか結構出てくるので、僕は理解しやすかったのかもしれません」
「そういうのをさあ、言葉じゃなくて体で伝えるんだもんね……めちゃくちゃ疲れそう」
「めちゃくちゃ疲れますね」
 俺がげんなりした顔でため息をつくと、先輩は声を上げて笑った。


 以前よりも夏の気配が濃くなった、またある日の放課後。
「今は何読んでるんですか?」
「んーと『青い麦』ってやつ。フランスの小説かな」
「面白いですか?」
「んー……正直、何言ってるかよくわかんない。よくわかんないけど……なんかちょっとえっち」
「な、るほど」
「終わったら貸してあげようか」
「いや、それなんですけど。僕もうすぐコンクールの準備でほとんど来られなくなるので……返すの新学期になるから自分で買います」
「別にいいのに。でもそっか、頑張ってね」
「ありがとうございます。じゃあ僕行きます」
「また2学期に待ってる」
 常より早く席を立った俺に、先輩は座ったままひらひらと手を振った。


「『青い麦』、読みましたよ」
 まだ日差しも暑さも厳しい9月。目の回るような夏休みを過ごし、様々な雑事を片づけてようやく部室に来たはずだったが、いつもと同じ椅子に同じように座る先輩の姿に時間の隔たりを感じることができなかった。つい昨日も来てましたけど、とでもいうようなノリで発してしまった俺の第一声に相対して、先輩は少し目をみはった。
「おー久しぶり。ちょっと……痩せた? あと全然焼けてないね。1学期からタイムスリップしてきたみたい。それで、どうだった?」
 そしてみはった目を今度はすがめるようにして俺を上から下へ眺めたあと、小首をかしげて問うた。
「よくわからないけど……なんかちょっと、え、えっちでした」
「やっぱそうだよね……」
 以前聞いた先輩の言を引用して俺は極めて冷静に感想を述べるつもりだったが、女子の前で”えっち”などという言葉を使うのは初めてだったので思わず舌がもつれた。先輩は気にしていないのか、さもありなんといった様子で腕を組んで頷くので、俺も何事もなかったように続けた。
「主人公と同い年でも心情がわかるようなわからないような……あと物語が始まってもずっと舞台上に紗幕がかかったままみたいな印象でした」
「なるほど。中村くんらしい感想かも。詳細がぼやけるぶん、かえって想像力に補われて美しさとかいかがわしさが引きたつのかもね」
「そのふたつはバレエの表現でもすごい大事なんですけど、僕にはまだいかがわしさとか全然わかんないので……勉強になりました」
「またバレエの話」
 先輩がおかしげに薄く笑う。『またバレエの話』。このひとにも言われてしまった。しかし同じ文字列であってもそれは、同世代の、主に男子から向けられがちな馬鹿にした笑いではないとわかる。
「中村くんにとってはなんでもバレエの糧になるね。好きなんだねえ」
「好きかどうかは……正直もうわかんないですけど」
 バレエ漬けだった夏休みのせいで忘れていた。一歩家から出れば、そこはバレエの話ばかりするのが当たり前の世界ではない。いわゆる”ふつう”の世界だ。
「そう? 好きそうだけどな」
 思わず視線をそらした俺に、先輩は再度小首をかしげた。そして、
「わたしはね、『青い麦』読んで『ああ大人になっちゃったなあ』と思った」
と伸びをするように腕を前に突きだしてそう続けた。俺も記憶の浅瀬を掘りかえす。
「成長の話ではありましたね」
「先に体が、あとから心がね。甘酸っぱくて瑞々しくて、なんかくすぐったかった。やっぱり大人になるってそれほど大それたことなのかなあ」
 ひりつく日差しに焼かれた外界を見遣って、最後は呟くように、頬杖をついて言った彼女の言葉を俺は聞こえないふりをした。ずっと子どもではいられない。それをわかりたくなくても否が応でも受けとめなければいけない、俺たちはそんな年頃だった。
「そうそう、そろそろ文化祭に向けて部誌を作りはじめないといけないんだけど中村くん覚えてる?」
「あー……すみません、何でしたっけ」
 振りむきざまふいに振られた質問に俺は目を泳がせた。そういえば入部時に何か言われた気もするが、具体的なことは何も思いだせない。
「毎年文化祭に文芸部員で書いたもの本にして出してるって言ってたやつ。業者さんに製本してもらうから原稿書いたら印刷原本作らなきゃいけないの」
「でも僕、小説とか書けないんですけど……」
「内容はなーんでもいいよ。詩でもエッセイでも、なんなら漫画でも。書評とかが一番書きやすいんじゃない? 要は読書感想文みたいなもんだし」
「ああ、それなら……。バレエの本についてでもいいですか?」
「出たバレエ!」
 先輩が幼子のように無邪気に笑うので、俺は笑われたことにむしろ胸を温めた。
「親父に読むように言われてちょっと前に読んだ舞踊論の本があるので」
「全然いいよ。字数も別に制限はないけど、長めだとありがたいかなーくらい」
 なにしろ部員6名だけだから、と先輩がはにかんで、俺は「ああ、不登校の人も原稿は書いてくれるんだ」などとなんとなく考えた。


 父親が少し前に一方的に買ってよこした本について、自分なりのバレエ経験なども踏まえて考えたことを文章にした。その本は近年新たに上梓されたというロシアバレエの歴史や発展を一般向けに改めてまとめたもので、別に普通の文芸書を用いてもよかったのだが、文芸部の部誌として外部に出す以上きっと文学・文芸に興味のある人間が買うのだろう。普段から本に親しむ暇のない自分が書いた文芸書の書評や感想など、すぐに浅知恵が露呈してしまうに違いない。そう考えると、バレエの本は自分も一家言持てるし購買層のなかでも読んだ人間は少ないだろうから都合がよかった。先輩の「またバレエ」が背中を押したこともある。
 家業で使うのと父の趣味も兼ねて、幸い我が家にはパソコンも文書作成ソフトもプリンターも揃っていた。一度手書きで完成させた原稿を、父に断って使わせてもらったパソコンで入力しなおした。そして指定された通りの書式でプリントアウトした原稿の束を手に、俺は部室へと向かった。
「失礼します」
 ずいぶん低いところまで傾いた陽が部屋を赤く染めている。逆光になった先輩のシルエットが細く長く床に影を落とす。秋になっていた。
「電気つけますよ」
 そういって俺は入口の横のスイッチをぱちんと鳴らした。
「ああ、ごめん」
 蛍光灯が灯り、先輩は首と肩をぐるりと回す。
「集中してて暗くなったの気づかなかった」
「それが印刷用の原本ですか?」
「そう。書式は合わせてもらってるからいいんだけど、それを切ってこの印刷用紙に貼りつけて、できたら全体にページ番号また切って貼ってったり」
 長机には糊やはさみ、大量の紙が散らばっていた。原稿らしき紙の山のなかに四コマ漫画を見つけて、崩さないよう慎重に少しだけ引きだした。太く力強い線で主線が描かれている。
「本当に漫画でもいいんですね」
「去年もあったよー、うち漫画部ないし。結構面白いんだ。見る?」
「本できるまでの楽しみに取っときます」
「それもいいね」
 先輩が椅子を後ろに傾けながら仰けぞって背骨を伸ばしているのを尻目に、俺はそっと自分の原稿を机に置いて先輩の向かいに座った。
「僕、今週は遅くまで残れるんで手伝えますよ」
「本当? すっごい助かる! 他の子も時間あるとき来るって言ってたし中村くんもいるならきっと早いね!」
 はさみを掲げて気炎を上げる先輩を前に、俺は四コマ漫画を避けつつ粛々と原稿に手をつけた。


「これをね、毎年頼んでる印刷屋さんが近くにあるから自分で持っていくんだ」
 完成した印刷原本を大事そうに抱えて印刷所へと向かう先輩を見送ったのち、残った俺たちは一斉に息をついた。
「あー終わったあ……」
「意外とかかったね……」
「誰かさんが締め切り守んないからさあ」
「ごめんて」
「誰かさんは途中で『やっぱここちょっと描きなおしてくる!』とか言うしさあ」
「ごめんて」
「中村くんいて助かったね。私ら喋りすぎて進み遅かったし」
「本当に。ありがとね」
「いえ、今週時間あったんで」
「文化祭の店番もうちはあっちの部活であんま出られないから、申し訳ないんだけど頼むわ」
「わかりました」
「むしろうちらそんな来ないほうがよかったり?」
「いえ、別にそんなことは……」
 気まずく口ごもる俺を眺めながら、先輩がたは黙ってにやつく顔を見合わせた。


 文化祭に活気づいた校舎の片隅でひっそりと売りに出した文芸部の部誌は、意外なことに完売した。先輩がたの友人知人が買っていっただけでなく、毎年買いに来る先生がたや元文芸部の卒業生など固定客も少なくないのだと知った。文芸部用に与えられたブーススペースへと運び出したいつもの長机に並んで座りながら、隣で先輩が
「もう少し刷ってもよかったかな」
とひとりごちるのが聞こえた。余った場合は図書室の貸し出しカウンターに置かせてもらえるそうなので、文化祭が終わったあとも司書さん経由でちらほら売れるらしい。文化祭のブースで本を手渡しているときも「初めて会ったこの知らない人たちが俺の書いた文章を読むのか」と不思議な感覚だったが、もし図書室での委託販売もしていたら見ず知らずの人間が俺の書いたものを俺のあずかり知らぬところで読むことになっていたのかと、なんとも面映ゆい心もちだった。
 先輩が部誌用に提出した作品は短歌20首ほどと短編小説1編だった。「詩歌のほうが少ない文字数でページ数取れるから」と彼女は恥ずかしそうに言ったが、季節の一瞬いっしゅんを切りとったようなそれらは、先輩が日々いかに植物や、空模様や、気温や、人間を含めた動物の動きと感情とに目を向けて過ごしているのかを語った。毎日のレッスンにばかり気を取られている自分には、その視野の広さや細やかな気づきは、同じものを見ているはずなのに見えたことのない世界だった。短編小説のほうも、人物の動きはあくまで少なく、登場人物の内面の動きのほうに焦点が当たったものだった。普段から感情を大きく表出させることはないが、その実多くのことを感じとっている彼女らしい作品だと思った。そして小説は、先輩の作品の他に、短編と呼ぶには少し字数の多いものがもう1編掲載された。
「――3年の人の小説、面白かったですよねえ」
 小さなストーブがジジジジと懸命に音を立てて小さな部室を暖めようとしている。アーカイブ用に部室に残された部誌を久々にぱらぱらとめくりながら、俺は問いにもならない問いをぼんやりと先輩に投げかけた。
「ねー、面白いよね、先輩の小説。ほとんど会ったことないけど、私が1年のころからすごかったもん」
 3年生の男子文芸部員が書いたという小説は、先輩のものとは対照的に、起承転結がはっきりしたストーリー性の高いものだった。独自の設定や世界観はファンタジーかSFのジャンルに近いのだろうか。しかし実世界がベースにはなっているので、ついつい物語に引き込まれた。
「部誌買ってくれる人のなかにもファンが多くてさ。本当はもう筆名でプロとして作品出してるんじゃないかって噂」
「……そうなんですね」
 どこへ行っても、どこの世界にも、”持ってる”やつっていうのはいるもんなんだな。
 初めて部誌であの作品を読んだとき感じた気持ちが、再度胃の辺りに込みあげてきて反芻される。『才能』。そのたったふた文字に自分は重くのしかかられ、またえづくほど渇望し、時に世界が分断されたような気持ちになる。
「先輩は、嫉妬したりとかってなかったんですか」
 思わずぽろりと本音の質問が漏れる。
「えー、ないかなあ……。先輩は最初からすごかったし、私は別にプロになろうと思ってるわけじゃないし。だから今、楽しく本読んだりお話が書けてるけど、先輩みたいに人生を懸けようとするならきっともっと大変で苦しいと思うし。……それは、中村くんもそうなのかな」
 そうなのだろうか。言われてはたと気付く。
 確かに自分はバレエに人生を懸けようともがいているが、それは才能が乏しいから苦しいのだと思っていて、”持ってる”やつも等しく苦しみを味わっているなどとは考えたことがなかった。
 なぜなら世界が分断されたように感じるとき。向こう岸の見えない濁流の大河があったとして、そんなときこちらとしては、必死に掻きわけ進んでいる自分を横目に自家用クルーザーですいすい河を渡られているような気分でいたからだ。泥水を飲まずとも河を渡れる彼らが自分と同じとは考えられなかった。だが実際、彼らには何が見えているのだろう。案外クルーザーの操舵方法に困り、行きたい方向に進めていなかったりするのだろうか。
「バレエの話をするとき中村くんはいつも楽しくて苦しそう」
「そう、ですかね」
「あくまで私の見方だけどね。嫉妬云々もそうだけど、ひとへの見方なんてちょっとしたことで変わるから」
 そう言うと先輩は立ちあがって文芸部の蔵書が並ぶ棚から文庫本を1冊取りだした。
「私ねえ、芥川のこれが好きなんだ。『蜜柑』」
 俺にも見えるよう本を広げてページをめくり、表題にもなっているその作品を示した。
「これ、芥川の実体験でエッセイみたいなものなんだけど。田舎者っぽい女の子の行動に『なにやってんだ』っていらついてた主人公が、その子が窓からみかんを投げることで一気にその子の印象が変わって、自分の気分まで晴れやかに変わってしまう話。めちゃくちゃ短いからよかったら読んでみて」
「『蜜柑』……ありがとうございます、読みます」
「ぜひ。これ私の私物だから返却はいつでもいいよ」
 先輩がにこにこと手渡してきた本を両手で受けとり、その表紙を撫でながら、俺は今日こそ伝えようと思っていたことをまた喉の奥にしまいこんだ。胃の不快感は消えていた。


「そういえば『蜜柑』、読みました」
「あ、本当?」
 外に出る際は相変わらずコートの襟をかきあわせて姿勢悪く歩く毎日ではあるが、寒さの底に手がついた感覚があり、ここからゆっくり三寒四温の日々へと浮上していく予感があった。小さなストーブも今日は穏やかな音を立てている。久々の部室訪問で今回は英語の課題に精を出していた俺は、機を伺っていたことを悟られぬよう先輩に声を掛けた。
「短編集なので合間合間で読みやすかったです。『蜜柑』もすごいよかったんですけど、『芸術その他』が自分としてはかなり身につまされたというか……メインは文学でも、バレエ含めた芸術全般に通じる話でしたよね。『勿論人間は自然の与へた能力上の制限を越える事は出来ぬ。さうかと云つて怠けてゐれば、その制限の所在さへ知らずにしまふ。だから皆ゲエテになる気で、精進する事が必要なのだ』とか『単純さは尊い。が、芸術に於ける単純さと云ふものは、複雑さの極まつた単純さなのだ』とか、頷いたりなるほどと思うことばかりで――」
 思わずまくしたてるようにずらずら出てきた俺の暗唱を先輩は手をかざして遮った。
「ちょっと、ちょっと待って。そんな覚えるほど読んでるの? 読みこみすぎ!」
「何度も思いかえしてたら数節だけ……だめですか」
「感銘を受けるのはいいことだと思うけど、そのポリシーに傾倒しすぎると行きつく先は服毒自殺だよ」
 言葉を遮られて多少不貞腐れた顔をした俺に、先輩はびしりと人差し指をつきつけた。
「そんな大げさな」
「まあ大げさではあるかもしれないけど。でも中村くん真面目だから『こうあらなくちゃ』みたいに思いすぎるのはよくないと思う」
「……」
 せっかくバレエへのモチベーションが上がっていたところなのに、と思う反面、痛いところを突かれているという自覚もあり、俺はむっつりと黙りこむしかなかった。
「でも全部読んでくれると思わなかったから嬉しいな。好きなんだよね、芥川。あんな風に書けたらいいなあって思うよ」
「……確かに。先輩の書くものも雰囲気が似てますね。細かな心情描写とか」
 女子高校生が憧れを語る対象としてはやや古風ではないかと思ったが、どことなく時代感のある先輩の文体などを思い出して合点がいった。俺がむっつり顔のまま述べた率直な感想に、
「えっ、本当? 嬉しい。初めて言われた。でも時期によって結構作風も違うからね」
と思わずといった様子で両手を口に当てる彼女は、言い訳をするように後半は早口になった。その様子に俺は、ずっと伝えたかったこととは何か別のことがこの口からまろび出るのではないかと不安になった。そして一転、今度は珍しくため息をついてみせて、
「今たまに書いてるのはちょっと長めなんだけど受験勉強始まるまでに書きおわれるかなあ」
と先輩は俯き加減でためらいがちに言った。そうしてこちらをちらりと目をくれて切りだした。まるでずっと伝えたかったことがあるように。
「あのさ、3年生になったら本格的に受験勉強始めなきゃいけないから、ここにはあんまり来られなくなると思う。ここで勉強できないわけじゃないけど、ついつい本読んじゃうし、塾とかにもその、通うかもしれないし」
 ほっそりとした彼女の指が、閉じた本の上でせわしなく絡まりあって動いた。
「だから、中村くん、ここの鍵欲しい?」
 最初に出会ったときに見た、緊張と嬉しさが入りまじったようなあの顔で先輩はじっと俺を見た。
「……すみません。要りません」
「そう……、そっか」
 今度は安堵と落胆の混じったような表情を見せる彼女に、俺はとうとう、というより咄嗟に全てを打ちあけた。
「違うんです! ここに来たくないとかじゃなくてっ、俺、留学が決まって。この年度で中退するんです。だからもう、ここには、来られなくて……、」
 咄嗟の勢いから風船がしぼむように徐々に萎れた俺に、次は先輩が声を上げる番だった。
「えっ、あっ、やだ、そうなの!? すごいね! おめでとう! いつから?」
「えっと、向こうの新学期に合わせて9月からなんですけど行くのは早めに……」
「あっごめん、そうじゃなくて、いつから決まってたの?」
「あーあの……去年の夏にコンクール出るって言ってたじゃないですか。そのときに話もらって……」
「えええ、めちゃくちゃ前じゃない?」
「まだ本決まりじゃなかったんで……色々確認したり決めなきゃいけないこととかもあったし……」
 そうやって萎縮したままの俺を散々質問攻めにしてもじもじさせたあと、先輩は座ったまま仰けぞって天を仰いだ。
「あーあ、そっかあ。私より早く中村くんが卒業かあ」
「卒業じゃなくて中途退学ですけどね」
「まあまあ。本当におめでとう。夢が叶うね」
「夢が叶うかどうかはまだわかりませんが……とりあえずひとつ目の目標は達成できそうです」
「すごいね、本当に。実現したいことがあるって強いなあ」
 先輩は、私なんて大学行って何したいかもわからないまま勉強してるのに、と苦笑してから
「私、先輩の文才には嫉妬しないけど中村くんのその推進力には嫉妬しちゃうかもしれない」
とおどけて言った。そして数秒考えるようにしたあと、声を潜めて俺に顔を寄せた。
「ねえ、2人で卒業式しようか」
「え」
「いや、2人のになるかはわからないけど」
「それは……?」
「私のことはダルレー夫人だと思って。それかキャサリン」
「は、」
「――終業式の前の日、ここに来て」


 それからのわずかな日々、特に以前と変わりなく俺は部室に顔を出した。
 思いかえせば入部当初は本当に時間があるときのみだった訪問が、いつの間にか、レッスンが落ち着いている時期ならできる限り時間を捻出して平均週1・2回ほどは部室を訪れるようになっていた。レッスン前におこなっていた自主練の時間とレッスン後に睡魔と戦いながらこなしていた課題の時間とを入れかえたり、時には、乗り継ぎの便がいいから帰りに乗る電車を遅らせてアップができなかったと言い訳したり、放課後の補習や委員会があってレッスンに少し遅れたなどと父親を誤魔化したり。バレエにのみ邁進するつもりだった入学当時の俺が見たら𠮟りつけられそうなことも多々あった。実際、部室にいた時間を全て練習に費やせばわずかでも技術は向上したのかもしれない。しかしその可能性について考えてみても、なぜだか全く後悔の念は浮かんでこないのだった。
 相変わらず先輩は黙って本を読んでいて、俺はカリカリとシャーペンの芯を鳴らす。以前と変わりない風景だが、目を凝らせば薄く光る秘密の糸が二人を繫いでいるようでもあった。
 小さなストーブは片付けられ、3月初旬の卒業式を越えると校内の人影がさらにまばらになった。「この本面白かった」「そろそろコートもいらないね」などとたまに2人で言葉を交わしながら淡々とその日までが過ぎた。


 終業式の前日。明日は短縮日程だが、今日までは通常授業があった。最後の授業が終わっても俺は自分の席にじっと座ったままだった。別に日本の高等教育への別れを惜しんでいるわけではなく、クラスメイトに退学する旨を伝えるのも明日まで保留にしているため、さよならの挨拶をしようと構えているわけでもなかった。部活へ向かう者、バイトへ向かう者、課題未提出により居残り勉強させられている者、自宅へ帰る者、遊びに繰りだす者、教室で終わらないおしゃべりを繰りひろげる者。俺が今まであまり見たことのない教室の姿だった。もしバレエをやっていなかったら自分はこの中のどのグループに属していたのだろう――想像してみても皆目見当はつかなかった。
 ほとんどの人間が三々五々に教室を出ていって、何をするでもなく座っている自分が残っている者から奇妙な目を向けられはじめる寸前、俺は頃合いかと思い席を立った。
「……失礼します」
 いつかと同じように声掛けしてから開けた引き戸に、やはり鍵はかかっていなかった。そしてその鍵の持ち主は、今日は長机の椅子ではなく、扉正面にある窓の下に配置された小汚い2人掛けのソファーに座っていた。窓の外では、こちらまで雪崩れこんできそうなほどの迫力で桜並木が満開を迎えている。あまりの花の密度に、こころなしか陽が遮られて部屋が薄暗い気さえする。
「来たね」
「……はい、まあ」
 俺は引き戸を閉めたあと自分の身をどこに置いたらいいかわからず、扉の前で文字どおり所在なくただ突っ立った。しかしいつもより抑えているはずの先輩の声は、部屋の端から端でも意外なほどよく耳に届いた。
「ねえ、中村くんは……セックスって、したことある?」
「………………あります」
 俺は、嘘をついた。
 バレエ漬けのこれまでの短い人生、色恋沙汰とは縁遠かった。そうでなくとも審査員受けも女受けもしないこのルックスで、ましてやその先のことなど。考えるべくもなかった。
 しかし先輩は俺のそんな嘘を疑う様子もなく、ソファーに沈んで前傾姿勢で膝の上に肘を置き、組んだ両てのひらを口に当てて独り言のように続けた。床を見るともなく見つめている。
「私はね、ないの。大人になることに興味はある。でも、誰でもいいわけじゃない。そして、中村くんならいいと思ってる。もう子どもには戻れなくなるかもしれない、でも中村くんならいい。わかる?」
 わからない、とは言いたくなかった。目前の生身の17歳の少女がどんな決心をしているか、16歳の男の自分にはその全部を推しはかることはできなかったが、きっとそれは、オデットが、ジゼルが、ジュリエットがしたような今世で一度きりのもののはずだ。それは知っている。何度も観て、なぞってきた。
 彼女が「わかる?」と言ったときに向けてきた問いただすような上目遣いに心拍が跳ねあがったのを自覚しながら、俺は息を詰めて返した。
「わかり、ます」
「そっか、よかった。嬉しい。あんなこと言っといてダルレー夫人みたくはできないけど……中村くんにもらってほしい。――こっちに来て?」
 ほっとしたようで緊張しているのか、ぎこちなくも柔らかく笑う先輩になんだか無性に泣きたくなった。眉根が寄って眉間に力が入るのを感じる。
 一瞥して斜め後方を確認し、俺はがちゃりと後ろ手で引き戸の錠を下した。


 翌日、終業式が終わってクラスごとの最後のホームルームも終わるやいなや、クラスメイトに別れを告げる間もなく俺は教室を飛びだした。今朝担任が俺の中退を発表したので、何か話そうと近寄ってきていた数人が目の端に映ったが、気にしている余裕はなかった。
 ほとんど走っているような早歩きで向かったのは言うまでもなくあの部屋だった。いつものように静まりかえった扉の前で俺は若干乱れた息を整え、そして大きくひとつ息を吐いた。
 引き戸の引手に手を掛けて少しだけ力を込めると、何の抵抗もなく動いた。鍵が開いている。
 ――いるのか。
 心臓がぎくりと脈打つのを我慢しながら俺はそのまま静かに引手を引いた。
 しかし、部屋の中には誰もおらず、閉じた窓ガラスから早春の穏やかな光がただただ差しこんでいるだけだった。
 廊下と部室の境目で刹那呆けたように立ちつくしていた俺は、机の上に本が置かれていることにようやく気がついた。近づいてみると長机には、こちら側に向けて置かれた文庫本1冊と、隣に小さな鍵が並んで置いてあった。この本は少し前に先輩が貸してくれた芥川だ。
 どうして、と色々なことに混乱しながら、何か書かれたメモなどがないか机の周囲や下を覗いてみたり文庫本のページを端から端までばらばらとめくってみたりした。だが期待するようなものは何も見つからず、俺はその表紙にじっと目を落とした。
 おそらくこれは、先輩からのただひとつの贈り物でありメッセージなのだろう。いつ置かれたのかはわからないが、俺が最後にここを訪れる可能性を見越して彼女は部室を開錠し、これを置いて、施錠をせずに去った。顔は合わせないように。
 俺はまた無性に泣きたい気持ちが込みあげるのを眉根を寄せてどうにかこらえ、大事に本をしまった。床やソファー、部屋の中にちらほらと桜の花弁が散らばっていた。吹きこんだのは昨夜か、それとも。
 そして部室から出ると振りかえらずにゆっくりゆっくり扉を閉めた。鍵は机の上に残したままだった。

 書棚にしまいこんだままで日焼けの跡もないそれら数冊の本は、まるであの頃から時を止めているようだった。実際、中退直後は取りだして読む胆気などまるで湧かなかったし、留学からそののちは実家に帰ることも少なかったので、ほとんど触っていないかもしれない。
 先輩は元気だろうか。
 SNSが発達した現代では過去接点のあった人物を探しだすことなど容易だ。高校が同じということは実家は近辺のはずで、進学や就職などで遠方に行っていない限り、案外今も近くに住んでいたりするかもしれない。そもそも大人になって車という交通手段を手に入れた今では、あの頃よりもずっと広い範囲が”近い”の範疇に入る。
 探してみようか。
 そう思いかけ無意識に取りだそうとしていた携帯電話を慌ててポケットに押しこめる。探してどうしようというのだ、あの日のことを今更蒸しかえせるわけもなし。
 今考えるとあの日俺がついた嘘は、きっと先輩にはばればれだったに違いない。仮に最初はばれていなかったにしても、細やかな観察眼を持つ先輩を最後まで騙しおおせるわけがなかったのだ。
 俺は目の前の書棚に頭を打ちつけたくなる衝動に激しく駆られたが、歯を食いしばって獣のような羞恥心をなんとか抑えこんだ。


 あの日とあの日のことも、それ以外の1年間いずれの日のことも、俺のなけなしの青春の全部はあの部屋に詰まっていた。今生では縁がないと思っていた青春のあれやこれやの思い出を、終業式のあとあの小部屋に目一杯詰めこみ、扉を閉めて覚悟とともに再び断ちきった。長い人生のなかで訪れる貴重な青春時代をたった1年で捨てたその覚悟も、完全に報われたとは言いがたい結果だったかもしれないが、もうどれも過ぎたことだ。なぜだかやはり、全く後悔の念は浮かんでこない。
 俺は何も持たず静かに自室を出て、閉じた扉にそっと背中を預けた。
 あの日、あの鍵のかかる部屋に全てを置いてきた。ただそれだけのことだ。



〈引用・参考元〉
エミリー・ブロンテ著/小野寺健訳『嵐が丘(上)・(下)』(2010)光文社
シドニー=ガブリエル・コレット著/堀口大学訳『青い麦』(1967)新潮社
芥川龍之介「蜜柑」青空文庫https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card43017.html
芥川龍之介「芸術その他」青空文庫https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card4273.html


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