【中村先生が真鶴さんのファンになる話】
※二次創作
※not夢、notBL
「なあ、森真鶴って知ってる?」
「あー知ってる!この前Nステ出てんの見た!」
「めっちゃ可愛くね!?」
「可愛かった!」
休み時間、ふいに聞こえてきたクラスメイトの会話に離れた席から耳を傾ける。盗み聞きは品がないとは思いつつも同級生の他愛ないお喋りが、流行に疎い自分にとっては貴重な情報源だった。厳しい父が取り仕切る我が家では、テレビゲームどころか漫画や人気カードゲームなどの玩具類すらなかなか手に入るものではない。「そんなもので遊んでる時間があるなら練習しろ」と父は言った。それはまあその通りで、実際、Nステのやっている時間も稽古場にいることが多く、まともに見たことはなかった。
そんな有様なので当然クラスメイトとの会話についていけるはずもなく、俺はいつもどこか浮いていた。幸いなことに同級生の中に父の教室に通う女子も何人かおり、父の指導の厳しさや俺に対する当たりの強さも周知のところだった。
「中村くんはバレエやってるから」
「中村くんはお父さん厳しいから」
俺の世間一般との隔絶っぷりがいじめに発展しなかったのは、ひとえにこの免罪符のお陰と言えるだろう。しかしこの免罪符のお陰で、俺は同級生たちから一線を引かれることをいやが応にも受け入れなければいけなかった。
「Nステって…金曜だったよな」
ある週の金曜日、新聞のテレビ欄に森真鶴の名前を見つけた俺は密かに空のビデオテープをデッキにセットし、レッスンへ向かった。
夜、父が寝静まったのを見計らって、音を立てないようリビングへすべり込む。身長を伸ばすため夜更かしは父に固く禁じられている。こんなことをするのは初めてだった。不思議な高揚感にどきどきしながら、ビデオデッキのボタンを押した。
時間もずれることなくきちんと録れているようだ。キュルキュルとテープの巻き取られる音を聞きながら早送りボタンを押し続ける。
「あ、」
ほとんど無意識に、ボタンから指が離れた。しかしそれは実に適切なタイミングだったようで、いま画面に映る少女こそが森真鶴その人らしい。
「かわい……」
暗いままのリビングの壁をチカチカとテレビの光が照らす。暗闇にぼうっと浮かび上がる自分より少し年上の女の子は、妖精のようだった。
「(あ、手が…バレエのカタチ…)」
彼女の輪郭の美しさに魅入られたように、俺は何度も巻き戻しボタンを押した。
「なあ森真鶴、今度映画出るらしいよ」
「マジ?」
「マジマジ!なんかセーラー服のなんとかの少女って感じのやつ」
「セーラー服しかわかんねえよ」
「えー観に行きてー」
「中村も行く?」
「ああ、ちょっと訊いてみる」
「行きてーよなー中村も」
「行きてえ」
森真鶴のお陰というかなんというか、すっかり彼女のファンになった俺はいつの間にかクラスメイトの男子とも打ち解けた会話ができるようになっていた。俺が日々取りこぼしがちな森真鶴情報も、友人たちがこぞって教えてくれる。ファンクラブに入ってるのも何人かいる。あの頃より更に知名度を上げた彼女はいまではもう同年代では知らない人はおらず、たいていの奴と共通の話題にすることができた。きっと今度の主演映画で、より一層人気も出ることだろう。
学年が上がってまとまった小遣いも出るようになったので、そろそろ俺も森真鶴のファンクラブに入会してみようかと思う。