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やけどの男の子
ずいぶん昔の、小学生の頃の記憶なのだが、自分が子育てをするようになって急に思い出すようになったことがある。小学校5,6年生の時に同じクラスだった男の子のことだ。
特に親しかったわけでもないし、その子との間になにか特別な思い出があるわけではないのだが、側頭部から肩にかけて、大きなやけどの跡があったことを覚えている。そのことでいじめられたりはしていなかったし、ごく普通の男の子だった。とても目立つやけどの跡だったので、子ども心に「かわいそうだな」とか、「やけどのことをとやかく言ってはいけないな」とか思っていたとは思う。同級生も多分、みんなそんな感じだったと思う。
小学校を卒業してからは会うこともなかったし、思い出すこともなかった。
彼のことを突然思い出したのは、自分が子育てをするようになってからだ。もっと言うと、上の子が動き回るようになって、危なくて目が離せない、と思うようになってからだ。
息子はハイハイをしはじめると、引き出しを開けて何でも引っ張り出すようになった。つかまり立ちをするようになると、上に置いてある物をかたっぱしから落とすようになった。あらゆる物が、彼の興味を引く。何でも触ってたしかめたい。なめてみたい、振ってみたい、落としてみたい。隠してあるものほど、出してみたい。
当然ながら、キッチンは危ない。料理をしている時、足元でうろうろ(ハイハイ)する我が子を見て、私は突然、小学校の同級生の男の子を思い出したのだ。それはもう、唐突に。
あぁ、もしかしてあの男の子は、こんなタイミングで、熱湯を浴びたのではないだろうか・・・。(あくまで勝手な妄想。実際にはもっと大きくなってからのやけどだと思われるのだが)。
私はとてもそそっかしい。鍋をひっくり返して、何もかも台無しにしてしまったことや、自分自身が手を切ったり、やけどしたり(ちょっとだけど)することも多々ある。ましてや、慣れない子育てで、子どもの泣き声を聞きながら、慌てて離乳食を作ったりしている毎日では、いつか、大事故を起こしてしまうのではないだろうか、と思った。突然それが、ものすごく恐ろしく思えてきたのだ。そして、小学校時代の同級生、やけどの跡がある男の子を思い出したのだ。
息子はもう小学生だが、まだまだ幼い。何をするかわからない。夕方、忙しく鍋にお湯を沸かしている時、揚げ物をしている時、私は何度も何度も、「今危ないからね、走ってきたらダメ、近づかないで」と繰り返す。そしてその度に、やけどの跡があった同級生のことを思い出す。
やけどの跡があった同級生。彼の記憶がなかったら、私は、「ちょっとした不注意で、とりかえしのつかない事故になってしまうかもしれない」という想像力が働かなかったような気がする。彼の記憶があるからこそ、「じゅうぶん注意しなければならない、あわてちゃだめだ」と自分に言い聞かせることができた気がする。
「同級生だったあなたにやけどの跡があったから、私は育児中に注意深くなることができました」
なんて言われても、もちろん彼も迷惑だろうし、不愉快な気持ちになるかもしれない。だからわざわざそんなことを本人に伝えたりしないし(そもそも伝えるすべもない)、こんな想いを他の誰にも話したこともない。でも私は、遠い昔の記憶の中にあるあの男の子に、ひそかに感謝している。なぜか急に私の中によみがえってきた彼。まさか彼も、自分のやけどの跡が、こんな風に誰かに影響を及ぼしているなんて、考えもしないんじゃないかな。
でもそんなこともあるのよ。
人の存在。為したこと、為さなかったこと。それによって、誰かの未来が変わることだってあるのかもしれない。私の存在。為したこと、為さなかったこと。知らないうちに誰かに何かの影響を与えているのだろうけど、願わくば、良い影響でありますように。