『教養としてのラテン語の授業』の気になったところまとめ
まず
言いたいのは、私はこの本を悪く言いたいのではない、ということ。
この本のコンセプトは良いとおもいます。いろんなラテン語を引用しながら、著者のハン・ドンイルさんが自らの人生観を織り交ぜて話していくスタイル。
ラテン語の楽しさをいろんな人に味わってもらいたいと願う、ラテン語愛好家の一人として、この本が日本語に訳されたのは喜ばしいことです。内容に関しては、もちろん合う・合わないはありましょうが、私は楽しく読みました。
ただ、
ラテン語の誤りがたいへん多く目に余るので、自分が見つけた範囲で記しておきます。
著者のハン・ドンイルさんはラテン語が専門じゃないので、いちいち目を光らせるのもおせっかいかもしれませんが、この本を読んでいて「あれ、これ変じゃないか」と不安になっている人の不安を少しでも取り除くことにもなると思います。
以下、気になった点
p. 19:Latineを「ラティヌム」とルビふり
→「ラティネ(ラティーネー)」
この本、ラテン語発音を教会式発音基準にしてると書いていて私教会式ぜんぜん知らないので詳しい方にききたいのですが、Latineがラティヌムになるのですか? https://t.co/wnsIfeAFEa pic.twitter.com/cLvmxoXRCq
— セノネース (@Senones0) October 18, 2022
この本では「教会式発音」を採用しているので、古典式に慣れている私には多々慣れないところが多かったのですが、それはさておきここは「ラティーネー」とルビふるべき(ラテン語は長短を区別する言語ですが、もし長短区別せずにルビふるのなら「ラティネ」)。
「ラティヌム」になったのは、おそらく Latinum(対格)と見間違えたのかなと思っています。
p. 21:「1格から5格」?
これは厳密には誤りというより、あんまりそんな言い方聞いたことないな、というところ(ドイツ語では1-4格という言い方をよくしますが)。
もしかして韓国語ではそう言うのかも?
p. 22:「完了過去」、「全分過去?」
これも同上で、聞き馴染みのない用語。普通、日本語では、それぞれ「完了」(英語だと perfect)、「過去完了」(英語だと pluperfect)というところ。
p. 67:「1人称」、「laudim」?
間違いを探せ!(それよりまず名詞で「一人称」とは?🧐 https://t.co/hQQbwLoWF7 pic.twitter.com/9QtBjCXyI2
— セノネース (@Senones0) February 20, 2023
ラテン語の名詞には数と格があるという話。でも名詞に「1人称」も「2人称」もないと思います。あと複数・属格のつづりは「laudum」で、これはタイポ。
p. 81:habeoが先。あとhaveの語源は別。
逆では? pic.twitter.com/7r5Dt5B4h3
— セノネース (@Senones0) February 20, 2023
名詞の habitus は、動詞 habeo + 動詞の行為を示す名詞を作る -tus でできています。つまり habitus が habeoから派生したので、逆。
あと英語の have は habeo とは別なので、これは単純に間違い。
p. 119:「beatitudo は beo + attitudo」ではなく、 beatus + -tudo
「幸せ」を意味する beatitudo の成り立ちとして、動詞「beo」と名詞「attitudo」の合成語とありますが、正しくは 「幸福な」を意味する形容詞beatus + 名詞化する接尾辞 tudo がついたもの(Oxford Latin Dictionaryより)。
ちなみにこのパターンは 「大きい」を意味する形容詞 magnus + -tudo で 「大きさ」magnitūdō(マグニチュード!)になるのと同じ。
attitudoという名詞は、私の持っているラテン語辞書にはありませんでした(たぶん後代の語彙かしらん)(どこからきたのかわかる人は教えてください)。
p. 130:「ヴァルレテ」→「ヴァレテ」
タイポ。
p. 140:「ミギ」→「ミヒ」
同上。
p. 156:「stultus から stupidが派生」ではない
ラテン語の「ばかな」という形容詞 stultus から英語の stupid が派生したとありますが、正しくは stupid はラテン語の stupidus「ぼーっとした」から派生したので、間違い。
ちなみに stupidus の動詞は「stupeo」で、これはハリポタの「ステューピファイ stupefy 麻痺せよ」の由来です。
p. 186:「Mitte すなわち攻撃せよ」ではなく「放免せよ」
Mitte は動詞 mitto の命令形で、「放免せよ」の意味。「攻撃せよ」にはならない。
p. 228:「Obedire veritati は命令形の受動」?
obedire は oboedio の「命令形の受動」だと書いてあるのですが、これは不定詞ではないかと思います。命令形の受動はふつう、deponent verb が命令形になる時に使われるので。(間違ってたら教えてください
p. 241:「既出」
少し気になったのですが、脚注2に「既出」とあり、これは普通「同上」とかいうのでないか、というところ。
まとめ
概して、この本に登場するインド・ヨーロッパ語の言語学的な部分は、かなりあやしい、というところです。あとタイポが多く、「えっ!?」という間違いが多々あります。
なので、不安に思われた方も多いと思いますが、この本はエッセイとして読むのが良いかなと思います。
以上、ざっと気になったところを羅列したので、見逃しているところや、私自身が間違えているところもあるかもしれません。
その時はコメントよろしくお願いいたします。
いいなと思ったら応援しよう!
![Yuki Senoo](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/10390665/profile_452d60103342587a366cff469ef9c654.jpg?width=600&crop=1:1,smart)