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審査員の言葉 マリアム・バタシヴィリさん(リーズ国際ピアノコンクール2024)[9]


ジョージア生まれのマリアム・バタシヴィリさん。ワイマールのリスト音楽院で学び、ユトレヒトのリスト国際ピアノコンクールで優勝するなど、リストを得意とするピアニストです、今年5月には東京での初めてのリサイタルのため来日していました。今回の審査員の中で最年少の31歳です!

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―審査、お疲れさまでした。最年少の審査員で、コンテスタントともあまり年が離れていない中での審査でしたね。

はい(笑)。大きな責任が伴い、集中して取り組まなくてはならないので、本当に疲れました。ご存知のとおり私もコンクールに出ていた時代がありますから、コンテスタントがどんなストレスや興奮を抱えているかがわかります。

―審査する上で大変だったことはありますか? 例えばご自身の感性とは全く異なる演奏を評価しなくてはならないときなど、どんなふうに判断するのでしょうか。

そうですね、それはよくあることですが、大きな問題ではありません。私が重要視するのは、まず技術的、音楽的な手段が整っているかどうかということ。今回はほとんどの人がそこには問題ありませんでした。
ただ、それは基本的なことに過ぎません。次の段階として何より重要なのが、音楽性です。
コンテスタントの判断の全てに賛同できている必要はなく、自分とは違う考え方だと思っても、音楽が理にかなっていれば問題ありません。その音楽が私をエキサイトさせ、どこかに連れ出して、彼らと一緒に旅をさせてくれたらいいのです。そういうピアニストにはカリスマや個性があり、伝えるべきメッセージがあると感じます。
良いピアニストとは、私を旅に連れて行ってくれる人です。何かを感じ、鳥肌が立ち、巻き込まれる。それを感じさせてくれることが最も重要だと信じています。

―ジェイデンさんが優勝に輝いたポイントはなんでしょうか?

個性があり、自分が何を伝えたいかについて非常に強い意見を持っているところです。私が特に彼を好きだと思ったのは、何ひとつ見せびらかすということをしていないところです。表現者として伝えたいことがあるけれど、自分はアーティスティックだとか、素晴らしいテクニックを持っているということをひけらかすことがありません。
真面目な音楽家は常に音楽に集中し、作品を通じてできること、伝えられることは何かだけを考えています。彼はそれを全てのラウンドで行っていました。彼が優勝するのは間違いないと感じていました。

―2位と3位の受賞者の印象はいかがでしたか?

私たちは、ファイナリスト5人を全員気に入っています。それぞれが非常にユニークなスタイルを持っていて、ポートレイトが描けるような人ばかりでした。
2位のJunyanは特別な個性の持ち主で、聴衆とコミュニケーションをとることがとても上手です。彼女は自分の感情や情熱を直接私たちに届けてくれます。
ジェイデンが自分の音楽に集中するタイプだったのに対して、彼女はオープンなタイプでした。そのため、オーケストラや指揮者との関係性もより強い繋がりを持っているように見えました。それは個性の違いですから、どちらもそれぞれにすばらしいと思います。
3位のNhiは音楽に集中していて、表現がとても控えめでありながら、大きな意味を私たちに伝えようとしていました。
4位のカイミンの音楽には大きな深みがありました。彼がファイナルで弾いたベートーヴェンは、本当に素晴らしかったと思います。

―彼はベートーヴェンが選ばれて欲しくなかったようですが!

そうみたいですね、私もインタビューを見ました(笑)。でも、あのベートーヴェンからははっきりとした意見が感じられました。優勝者同様とても深い音楽家で、センスに富んだ人だと思います。音楽でストーリーを語ってくれて、聴いていてワクワクしました。
そして5位のTrevelyanは、非常にユニークです。ファイナルのバルトークなどではとくに、自分のスタイルを持っていることが伝わってきました。私もこのピアノ協奏曲を弾いたことがあるので、自分とは全く違う弾き方だとは思いましたが、彼の演奏もとても素晴らしいと思いました。
私はファイナリスト5人全員をとても誇りに思っています。彼らを審査することは、とても大きな責任であり困難な作業でした。
審査員全員がすべての決定に同意しているわけではないと思いますが、私たちはみんな、彼らが受賞者に選ばれたことを喜んでいます。

―Trevelyanさんはセミファイナルでベートーヴェンの最後のソナタを選んでいましたね。とても勇気ある選択のように思えます。

そうですね、確かに勇気があると思います! でも、彼は恐れることなく、自分が自分でいることを選んだだけだと思います。彼の選択を私は評価しています。

―聴衆賞を受賞した牛田智大さんの印象はいかがでしたか?

私は彼がとても好きでした。彼には未来があると思います。本当に言いたいことがあるということが音楽から伝わってきました。他の審査員がどう感じていたのかはわかりませんが…全員が彼の表現の判断に賛同していたわけではなかったということかもしれません。
彼は大きな可能性を秘めている人なので、もっと輝かしいものを出すことができたのかもしれません。でも私たち審査員は、今、その人にできることを評価するしかありません。将来的にこうなりそうだという想像に基づいて評価をするわけにはいきませんから。それが誰に対しても公平であるということです。
とはいえ、彼は間違いなく、非常に高い水準だと思うピアニストの一人でした。

―ところで今回のリーズコンクールは、ジェンダーギャップの問題に向き合うことを表明していました。バタシヴィリさんは活躍する女性ピアニストとして、このことをどう感じていましたか? 諸々の規定はうまく機能していたでしょうか?

この件について一部の方々がネガティブな見方を扇動していると聞いていますが、その見方は絶対に間違っています。私たち審査員は、女性のコンテスタントを応援しろとは言われていません。
私は女性のピアニストとして活動していて、この業界で男性の方がより多くのチャンスを得ている現状は知っています。でも今回の規定は、そういうジェンダーギャップの問題があるということを私たちに認識させるために設定されたもので、それ以上の意味はありませんでした。
私は今回の結果に満足しています。それは性別がどうということとは関係なく、音楽を評価した結果として、とても満足しています。

―審査員向けのワークショップがあるとリリースで読みましたが、どういうことが行われたのですか?

それはジェンダーの問題について特化したワークショップではなく、何かのバイアスにとらわれないように審査をしましょうという、ごく普通の内容でした。師事している先生、それまでのキャリア、親や親戚が誰かということに左右されず、聴いた音楽だけで審査するようにという話でした。そして私たち審査員は、ちゃんとその通りにしていたと思います。


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リーズ国際ピアノコンクール2024 現地レポート
10月26日(土)13:00~14:30

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