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読み返したくなる短篇

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黙ってたのしく読み返していてもいいけれど、あえて考えてみる。なぜ自分はこれらを読み返したくなるのか。
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#エッセイ

清新であること、残酷であること、美しくあること――「あなたの人生の物語」

【マガジン「読み返したくなる短篇」バックナンバー】  ほんの1カ月前まで、最近ほとんど小説読んでないなと思ってたけど、ここ3週間くらいで長い間積読になってたぶ厚い本(どちらも500頁超えでSF)を2冊、ペロッと読んだ。ひとつは「あなたの人生の物語」を含むテッド・チャンの同名短編集で、もうひとつは飛浩隆の『グラン・ヴァカンス』。いずれもとてつもなくよくて、後者の巻末ノートの一節が胸に響いた。 清新であること、残酷であること、美しくあることだけは心がけたつもりだ。飛にとってS

ちゃんとは覚えてないんだけど後でまた読み返したくなる――ケリー・リンク「いくつかのゾンビ不測事態対応策」

【マガジン「読み返したくなる短篇小説」バックナンバー】  ケリー・リンクの短篇小説のどれかを読み返したくなって本棚へと歩いているとき、私はおもにその小説のなかの会話の場面を読み返したいと思っている。「妖精のハンドバッグ」なら主人公の女の子とそのおばあちゃんが言葉遊びみたいなボードゲームをしながら交わす会話を読み返したいし、「いくつかのゾンビ不測事態対応策」なら見ず知らずの他人のホームパーティーに紛れ込んだ男がキッチンかどこかにいた女の子と交わす会話を読み返したい、という具合

忘れられない奇妙な味――柴田錬三郎「さかだち」

【マガジン「読み返したくなる短篇小説」バックナンバー】  私がこの短篇を初めて読んだのは、吉行淳之介が編纂したアンソロジー『奇妙な味の小説』(1970、立風書房)でだった。柴錬さんの小説は後にも先にもこれ一篇しか読んだことがなく、正直これからもたぶん読まないと思う。そういう作家の作品と思わず知らず出会えることが、アンソロジーの楽しいところだ。とりわけこの『奇妙な味の小説』は以前も触れたとおり、私にとって発見と喜びがとても多かった一冊で、古本屋で買い求めてからもう15年くらい

すべての「考えること」はピギー・スニードを含む――ジョン・アーヴィング「ピギー・スニードを救う話」

【マガジン「読み返したくなる短篇小説」バックナンバー】  性根がねじ曲がってるせいかもしれないが、目の前で「救う」と「書く」が組み合わさると、とたんにキナ臭いもやもやがあたりに立ち込めるようで逃げ出したくなる。もちろん「ピギー・スニードを救う話」は別だ。これほどまで明快に軽やかに「救えないこと」を突きつけてくれる「救う話」を、私は知らない。  ピギー・スニードは「頭の弱いゴミ収集人」であり、ブタを育て、ブタを殺し、ブタとともに豚舎で暮らす養豚農家である。そのずんぐりむっく

「ああもっと読んでいたい」と焦がれる短篇小説――織田作之助「蛍」

*マガジン「読み返したくなる短篇小説」バックナンバー  時折、とにかく読み返したくなるオダサクの短篇。なかでも一番好きな「蛍」。衝動的に本棚から『織田作之助作品集2』(沖積舎)を取り出して開くや、ソファまで移動する時間すらもどかしく、突っ立ったままこの四六判わずか十数頁の物語を読み切ってしまう。自分の家なのに立ち読み。これが誇張でも捏造でもないということは、素晴らしすぎる冒頭の一節を引けば少しは信じてもらえるだろうか。  登勢は一人娘である。弟や妹のないのが寂しく、生んで