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インテリムマネジメント活用の戦略的な意義

フリーランスでありながら企業の重要ポジションの役割を担うインテリム人材。海外ではインテリム人材が経営機能を担うということから、インテリムマネジメント(Interim Management)と呼ばれることも多い。今回、A.T.カーニー社などで大手企業に対するコンサルティングに携わってきた澤田康伸氏に、経営・戦略コンサルタントの視点から、インテリムマネジメントを活用する意義についてまとめてもらった。

インテリムマネジメントとは、「臨時的な必要に応じて行われる、外部の人材によるマネジメント」を言い、欧米では何十年も前から、高度な人材確保の有効な手段の一つでしたが、日本においては、これまで様々な理由で一般的ではありませんでした。しかし、最近はいくつかの環境変化が重なり、少しずつ知られ、活用されるようになってきています。

その背景にある日本におけるいくつかの環境変化とは、次のようなものが挙げられます。

  1. 働き手の価値観やライフスタイルの変化

  2. 働き方改革の進展

  3. 継続的な労働関連法規の新設・改訂

  4. 人手不足の進行

  5. 職種/組織/産業構造の進化

  6. 技術革新の進展

これらの項目は、その一つ一つに大きな変化を伴っていますが、全体として相互に関連しており、現在は一つの大きなうねりとなって、産業界や労働の現場に複雑で難しい対応を迫る背景となっています。つまり、インテリムマネジメントの活用可能性を考える際には、「空いてしまったポジションをできるだけ早く埋める」と言う足元の臨時的/短期的な必要性だけではなく、「インテリムマネジメントが示唆する戦略的な意義」をも念頭に置いた上で、上記の環境変化が構造的に促す中長期的な組織や人事の革新・進化の道筋に沿って先導的な活用を図って行くことが有効かつ重要だと言えます。

まず、前述の日本における環境変化について、一つずつ簡単に見ていきましょう。

1.の「働き手の価値観、ライフスタイルの変化」については、十分なプライベート時間が確保できるようなワークライフバランスの改善、よりストレスの少ない職場や職種、ポジションを選択する傾向、仕事を個人の自己実現や価値観に沿って考える傾向、就社から就職への意識の変化等、つまり、組織の価値観や全体感を忘れるわけではないですが、相対的には個人主義的な価値観を希求する傾向が強まっていると言えます。

これらの傾向は、日本だけではなく世界的であり、ここ30~40年間のインターネットの普及により企業や個人を含む様々な活動のグローバル化と共に進展してきました。特に最近は、いわゆるZ世代の世界共通的な価値観により鮮明に表れており、それは気候変動問題やコロナ禍などの世界的リスクの増大により強化されてきたと言えるでしょう。つまり、世界的な基調として定着しており、労働問題においても前提として考える必要があると言えます。

2.の「働き方改革の進展」については、短時間労働、フレックスタイムの導入などの労働時間の短縮や柔軟化、リモートワークの導入推進、有給休暇の取得促進、男女それぞれの育児休業取得の促進、各種雇用形態の公正性の確保、あるいは(矛盾すると見る人もいますが)副業・兼業規制の緩和等の働き方改革に関連する様々な変化が、政府、自治体、企業、団体など各職場で起こっています。これらの動きは、まだまだ労使双方の満足度が高く安定したレベルに到達しているとは言えませんが、それ故に今後も施行錯誤や揺り戻しを経ながら、日本における基調としてしばらくの間は継続していくと考えられます。

3.の「継続的な労働関連法規の新設・改訂」については、2019年4月から順次施行されている「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」、いわゆる働き方改革関連法の成立が、2.の具体的な働き方改革の動きを引き出す大きな力となりました。その背景には、関連する具体的な問題が蓄積し、その解決を図る必要性が職場において増大していたということがありました。現在、多くの課題が解決ないしは改善に向かって進みだしていると言えますが、基本的な課題状況は今も続いており、今後も断続的に、労働関係の様々な法律の見直しや強化が図られて行くことが考えられます。

しかし、働き方改革関連法の根底にある最も重要な認識は、「日本の国民所得や国力に直結する労働生産性を向上させる」為の各種施策の一環であるということでした。かつての「Japan As No.1」の時代は、日本においてロボットが多用されて技能工的な職種を代替するとともに、「看板システム」に代表される「系列」の効用が最大限に発揮されて、自動車工場における生産性を大きく上昇させたということが象徴的でした。しかし、時代は大きく変わって、いわゆる「失われた30年」が出現し、日本の国際競争力は大きく損なわれました。その原因は、様々な要因が絡みあっていると考えられますが、中でも大きな要因は、欧米先進国や中国が戦略的に投資していたICTの開発活用に日本が乗り遅れた、つまり未来を築くために重要なことに官民ともに十分な投資をしなかったということにあります。その後も時代は急速に進み、現在は、AI及びロボットがあらゆる職種の肉体的労働、サービスおよび知的労働を代替する動きが世界中で加速度的に拡がっていると言う状況に注目する必要があります。

4.の「人手不足の進行」については、現在の変化が激しいにもかかわらず、人口減少、人手不足の時代にあって、日本でもインテリムマネジメントが、高度人材確保のための有効な手段の一つとして浮上して来ているということが注目されます。これまでも、特に日本企業や日本で活動している外資系企業の一部では、病気、育児、介護などによる休業、M&Aや大幅な組織改編、新規プロジェクトなどで既存ポジションに欠員が生じたり新たな業務の必要性が生じたなどの際に、増員や新たな正社員の採用に踏み切ることが難しい状況下では、周辺の組織やスタッフが業務負担を吸収したり、派遣で一部の負担を軽減したりすることが多く行われてきました。しかし、それでは周囲に不満が残ったり、逆にそれを気にするあまり休業自体がしにくいと言った問題が発生しています。

ここで、インテリムマネジメントが他の人材確保支援業態と異なり注目される理由は、臨時的なニーズであっても早期に対応が可能なこと、派遣業の主な対象になっている比較的簡単な業務・人材ではなく、管理職を含む高度なポジション・人材が対象になっているという点です。更に、異なる点として、インテリムマネジメントの契約形態がいわゆる人材派遣や人材紹介と言った人に軸足を置くものではなく、遂行する業務に軸足を置いて業務委託と言う形をとっていることです。もちろん、人と業務はコインの両面であり、切り離すことはできないのですが、相対的にどちらを軸足に置くかと言う出発点によって、そのパフォーマンスに対する考え方が若干異なります。

つまり、人材派遣や人材紹介ではまず候補の人を受け入れるのが先で、業務遂行はその結果として現れますが、インテリムマネジメントではまず対象となる業務が確定され、その適切な遂行は従事する人にかかわらずインテリムマネジメントを行う企業が最終的に組織として保証します。つまり、品質保証の機能が付いているのです。

業務委託と言う点では、インテリムマネジメントは、基本的に業務委託の形で行われることの多い経営コンサルティングに近いと言えます。しかし、戦略系のコンサルティングの場合は業務内容が不定形ないし裁量性が高い(従って、品質保証は原理的には難しい)のに対し、インテリムマネジメントの場合は業務内容が組織の中に明確に位置付けられていることが多く標準性が高いという点で異なります。

ところで、日本における人手不足の状況は、大きな人余り傾向に転じたコロナ禍の一時期を除いて、マクロ的には2008年のリーマンショック以降、一貫して人手不足を感じる企業の割合が増えて来ており、直近ではコロナ禍後の経済の回復やその期待もあって人手不足を感じる企業が半数を超えている状態です。

しかし、今日においては、単に人手不足の量的な面だけではなく、質的な面をより深く考察する必要があります。つまり、急激な変化に晒されるM&A/PMIや組織改革、あるいは新規のプロジェクト等の際に社内では見つけるのが難しい高度な業務の経験を持つ人材を社外から確保するような場合だけではなく、経理や人事など標準化が進んでいるはずの間接部門の職種において臨時的な欠員補充を行う場合でさえも、今後はAIを含むICTの技術革新があらゆる職種に及ぼす質的な影響を考慮する必要が増して行くでしょう。高度な人材を扱うインテリムマネジメントにおいては、特にその意味合いは強く、高度人材確保の有効な一手段であるとともに、潜在的に有利な点であると言えます。

この問題をより戦略的に考えるならば、現在、AIやロボットの導入が世界的に労働の現場に大きな変革を促しており、各企業や個人において「リスキリング」が既に喫緊の課題となっている状況であり、人材確保対策もそれに沿ってどのように対応していくべきかという問題に突き当たります。その考え方の要点を、次の5.と6.で見ていきましょう。

5.の「職種/組織/産業構造の進化」については、一つの職業(職種)を構成する業務内容、多様な職種の全体構造、それらから成り立つ企業の組織構造、各種の産業から成り立つ経済の全体構造が前述のように技術革新によって大きく変わりつつあることが挙げられます。

その原単位とも言える職業や職種の発展進化は、最初にある直接部門のラインに必要性が生じた一つ機能(例えば、経理)が職務や職業として成立し、次にそれが他のラインにも増殖した結果、同種類似の職務が統合されて間接部門の一機能部門(例えば、経理部)となり、更にそれらが進化を求めて企業の外部に出て統合され、公認会計士や会計事務所などの専門職の職業や専門機関として成立するという形で継続的に起こってきました。そのような個々の職種や職業の発展進化のプロセスを経て、社会全体の職種、企業組織、産業の構造が形成されてきたのです。この発展進化の過程や形成された構造は、プロセス優位性と機能優位性の希求がせめぎ合う中で、それぞれの時代の要請に合わせて最適化されてきた結果と言うことができます。今日日本でよく言われるジョブ型雇用や雇用者のプロフェッショナル化と言ったことも、このような流れの中の現象とみることができます。

そのように歴史的に形成されてきた職種構造ですが、今また、ICTとAIの進展によって大きくかつ急速な変化が訪れようとしています。特に生成AIの出現・普及により、世界的な規模であらゆる職種が影響を受けつつあり、今後もその度合いは加速度的に増すことが予想されています。例えば、質量ともに需要と変化の大きいITエンジニアについて言えば、従来のプログラミング自体を生成AIが代替つつあり、代わりに数年前はほとんど存在しなかった生成AIを使いなすためのプロンプト・エンジニアの需要が急激に増しています。

また、経理や法務と言った標準化が進んでいる間接部門の専門職も例外ではありません。経理は以前からアプリケーションやシステムによる効率化が進んでいた分野ですが、従来は難しいと思われていた法務分野においても、契約書の初期チェックや効率的な判例の検索引用がAIによって簡単にできるようになっています。

6.の「技術革新の進展」については、個人、企業、産業、国家間の貿易、グローバル経済のあらゆるレベルで起こる構造変化の基本的な原動力が、技術革新による各レベルでの生産性の向上によるものであることを理解する必要があります。生産性が向上するメカニズムの鍵は、技術革新によって、各レベルのユニット間の縦横の取引コスト、中でも情報コストが劇的に減少することにあります。極端な場合には、複数の関連するワーク/ビジネスプロセスの処理が一つのICチップの中に統合して埋め込まれることを想像すれば分かりやすいでしょう。同種の変化は、個人間、組織間、国家間のあらゆるレベルで起こっています。

つまり、ICTの進展、特に今日の生成AIが知的労働のすべてに変化を及ぼしている現状と今後もその変化が加速することを考えれば、技術革新が職種構造やそれぞれの職種の実質的な業務内容に継続的な変化を及ぼすことは明白です。そのような変化を少しでも先読みして、これからの組織(正確には、組織内の業務分担)の在り方やそこにおける職種や各ポジションの在り方を考えて行く必要があるでしょう。それは、そんなに先のことではなく、今すぐにでも始めなければならないことであると言っても過言ではないでしょう。これからは、職務/職種や組織の設計を人だけで考えるのではなく、アプリケーションやITシステム、そしてロボットやAIと人が一体となった協働システムとして設計する時代なのです。逆に、システム、ロボットやAIを単に高度なツールとしてではなく、極めて優秀な人材として考えると言った方が分かりやすいかも知れません。

最後に、これらの文脈から見えてくるインテリムマネジメントの潜在的な意義について、従来から言われている戦術的な意義に戦略的な意義を加えて整理すれば、次のようにまとめることができます。(ここでは、業務に必要な機能やスキルを人材と言う言葉に置き換えています。)

  • 高度人材の個人の価値観の変化に対応した、業務委託による柔軟な労働形態の提供

  • 柔軟な契約形態による、多様な雇用/勤務/業務委託形態の試行とモデル探索機会の提供

  • 人手不足時代における、企業に対する高度人材確保の有効な手段の提供

  • 欠員に対する即戦力人材の迅速な確保による、組織運営管理の的確な遂行維持

  • 迅速かつ短期的/臨時的な人材確保による、変化/不確実性が増大する環境への適切な対処

  • M&A/PMIや組織変革等の際の経験人材の導入による、リスクの最小化と早期の安定化

  • 外部高度人材の導入による、組織内に存在しない経験・スキル・ノウハウの導入と定着

  • 先進高度人材の導入による、リスキリングの道筋に沿った業務や組織の在り方の先導

  • 高度プロフェッショナル人材の育成と有効活用による、個人と組織の生産性の向上

つまり、日本におけるインテリムマネジメントの導入と普及は、単なる高度人材の確保手段の一つとしてではなく、その本質を考えれば、今急激に変わろうとしている日本における働き方、職種、スキル、職場、組織、雇用、業務委託など、労働と労働を取り巻く環境の統合的な変化と進化の道筋を、個人と企業の双方に対して示唆してくれていると言えるのです。


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