岡田将生研究㉔「伊藤くんA to E」とはなんだったのか?
俳優岡田将生を語るとき、かなりの頻度で引き合いに出される映画「伊藤くんA to E」(2018年)で演じた伊藤くん。ひとことで言えば「ヤバい奴」いや「かなりヤバい奴」。こんな役も見事に演じた岡田将生、ということなのだが、「伊藤くんA to E」という作品自体は、残念ながらヒットしたとは言いづらく、話題作というわけでも、賞レースにのったわけでもない。だが、岡田の俳優としての実力や個性について言及するときに欠かせない役であることは、誰もが認めるところ。そんな不思議な「伊藤くんA to E」という作品について、とことん語り尽くしたい。
この作品は、かなり実験的な作品である。まず映画に先駆けてドラマ版がMBSドラマイムズの枠で全8話で放送された。この物語はABCDEの5人の女性のストーリーで、ドラマ版ではABCDの4人の女性についての物語が展開された。A~Dの女性が翻弄されている相手が全員「伊藤」という名前の最悪な男で、実はそれぞれの女性が別々に語っていた相手が全部同じ伊藤であったというオチ。Eの女(木村文乃)が聞き手となり、4人の女性が各々の経験を話すのだが、その経験談を再現ドラマ仕立てにして、想像上の伊藤を田中圭、中村倫也、山田裕貴が次々と演じ、最後の最後に本物の伊藤(岡田)が登場するという大変趣向の凝らされた作りになっている。
視聴者は、実際の伊藤がどんな人物なのか、想像力を掻き立てながらドラマを見ることになる。3人の俳優がすでにその「ヤバい伊藤」を演じているので、本物の伊藤はそれ以上でなくてはならない。岡田は視聴者の期待を裏切ることなく7話のラストで満を持して登場し、アッと言わせるラスボス感で笑っちゃうほどのヤバい奴を見事に演じて見せたのである。(どうヤバいのかは作品を見れば一目瞭然!)
そこまででも相当なプレッシャーのはずであるが、映画ではさらにハードルが上がる。映画版は、ドラマと同じABCDの女とのエピソードに加えEの女との物語が軸となる。映画の半分以上が、ドラマでは「再現ビデオ」的であった部分の言わば実写版。1度他俳優が演じたものを「本物」として焼き直すのだから大変だ。「再現」だった3人は「こんな奴いるか?」「こんな奴に惹かれるのか?」という疑問を残しつつの演技演出だったと思うが、「本物」の方は訳が違う。「うわっ最低」「だけど惹かれるのもわかるわ~」とならないといけない。
容姿端麗、自意識過剰、幼稚で無神経、加えて自分勝手で女性からの共感なんて1ミリも得られない、そんな男を臆することなく演じ切ったことで岡田将生は確実に爪痕を残した。最高に痛くてヤバい伊藤を岡田は愛着を持って演じたと言い切る。「普通の人間はそのテリトリーを広げて、いろんな人とコミュニケーションを取りながら成長しようと思うはずが、彼はそれを全く思わないんですよ。そんな生き方って、ある意味、理想的で。最後には伊藤みたいな生き方が羨ましくなりました(笑)」「作品や人の見方も少しずつ変化してきたので、変わった役や悪役も楽しんで演じられるようになってきて。むしろ、変わった役の方がやりがいがある気がしてきたので、伊藤という役は演じていてすごく楽しかったです。」(otocotoインタビュー)どんな役にも共感しようと歩み寄り、愛情をもって演じることができるのも稀有な才能。
伊藤くん以後、岡田のインタビューを注意深く読んでいると「どこか欠落した人物を演じたい」という言葉が散見されるようになった。「星の子」(2020年)の南、「さんかく窓の外側は夜」(2021年)の冷川、「Arcアーク」(2021年)の天音、「CUBE~1度は行ったら最後」(2021年)の越智とフィルモグラフィーでの系譜を紡ぎ、各方面から絶賛された「ドライブ・マイ・カー」(2021年)の高槻で一つの完成形へとたどり着く。
伊藤を演じたことで、岡田の演技の幅と活躍の場は確実に広がったのは言うまでもない。それほどまでに伊藤くんのインパクトは大きく、他のヒットした作品の役柄以上に語り継がれることとなった。それだけに演じた意義はとてつもなく大きい。間もなく公開される「ゴールド・ボーイ」では、子どもたちと対峙する殺人鬼を演じている。「ゴールド・ボーイ」で演じる東昇もまた、第二の伊藤くんのような伝説的にな役となるのではないか。数々の悪人は今までにも演じてきたが、主演でここまで冷徹な頭脳犯をエンタメ性の高い作品で演じるのは初めてのことで、否応なしに期待が高まる。「ゴールド・ボーイ」以後、岡田将生は次にどんな新しい世界に羽ばたいていくのか、興味は尽きない。