天使
令和のいまどき、「社員旅行」という目眩がするほど古色蒼然とした響きのイベントに参加してきた。
鎌倉で自由時間が2時間できた。目当てのロックバーは夜しか開いていない。鎌倉はレコード屋さんも絶滅状態。仕方なくジャズ喫茶に行き先を設定。鶴岡八幡宮を背に歩き出す。
やたら人の多いメインストリートの状況に、「こんな感じでジャズ喫茶まで混んでたら嫌だな〜」という嫌な予感がよぎる。店に到着。混んでいる様子はない。よし。
店内に入ると、少し薄暗い。いいね。
バイト臭キツめの若い店員さんに案内され、店の奥へと誘導される。ん?奥は陽がさしこんで明るいんだな。
着座して気がつく。このポジション、ジャズが聞こえねぇ。聞こえてくるのは、隣のテーブルでくっちゃべりまくってるオバハン4人組。塾がどうのこうのとかPTA役員がどうのこうのとかどうでもいい話を大声でくっちゃべってる。おい、ファミレス行けや。あんたら、ファミレスの存在、知らんのか。と、聞こえないように苦笑しながらひとりごつ。仕方なく、ヘッドホンをつけて、spotifyを再生。鎌倉くんだりのジャズ喫茶まで来て、一体何をやってんだ、俺は。ヘッドホンの音量と共に、苦笑のボリュームも上がっていく。
と、1人の男が俺と同じように誘導されてきた。長身で、まるで浮浪者のような灰色のジャケット。あ、この奥の席って所謂「掃溜め」って事なのか?男は、「相席いいですか?」と俺に話しかけてきた。
「あ、いいですよ」
外人か。
よく見たら、シェーンだった。
「え?シェーン?」
シェーンは、立てた一本指を口にあて、シーっとやって俺に微笑んだ。
「なぜ、鎌倉に?」
「まだ、探してるものが見つからないんだよ」
「え?」
「何を探しているのかもわからないんだけどね」
「はあ。他のメンバーは?」
「あいつらがいようがいまいが、関係ないさ」
「もしかして、ふざけてます?」
「ただのU2ジョークだよ。そんなにマジになるなよ」
「はあ」
シェーンはウィスキーを注文すると、
「アメリカン・コーヒーって何?」
と俺にたずねてきた。
「薄いヤツだよ」
「アメリカ人は薄っぺらいって!言うね〜、日本人。じゃあ、アイリッシュ・コーヒーは?」
「酒でしょ」
「酒だ」
シェーンはにんまりと笑って、もう一度言った。
「酒だ」