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<連載小説 全7回>家庭内姉弟(第2回)

小学生杉田美亜、「宿敵」美少女・愛実への復讐の策は――?

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第7回(完結)


悶々とするだけの土日が過ぎ、月曜の朝。
教室に入るなり、美亜は何やら違和感を覚えた。みんな仲よく笑いあっているのだが、空気が妙に濃密というか、甘ったるいというか。
ドアの前に立つ美亜の脇を、仲よく手をつないだ二人組がすり抜けていった。その姿を何気なくかえりみて、美亜は我が目を疑った。

「……!?」

女子同士ではない。無論男子同士でも。手をつないでいたのは男子と女子だった。
ばかな。あり得ない。
体育の時間でもなく下級生のおもりでもなく、同学年の男女が自発的に手をつなぐなど。美亜は驚愕の思いで、楽しげに廊下を歩く二人の後ろ姿を眺めた。

「なにしてんの」

あまり驚いたので、ぼんとランドセルをはたく悠太に、仕返しも忘れてしまった。声も出ないままろうかを指さすと、悠太はひょいと首をのぞかせて、こともなげに言った。

「付き合ってんだってよ、野田っちと早坂」
「付き合……って」

それは、つまり、彼氏と彼女? 恋人?
それも、女子いびりの急先鋒だったはずの野田聖也と、集中的にいびられていたはずの早坂未緒が?

「付き合い始めたのは誰だっけな、三島とマル、あと翔と中野だろ。会田君と目白さんも」

美亜はあらためてクラスを見回し、そしてやっとわかった。
違和感のもとはこれだ。男女のペアがやけに多いのだ。
走り回る男子どもも、けたたましく笑う女子グループの姿もない。カップルや男女混合のグループばかり、あちこちで仲睦まじく語り合っていた。
どうして――こうなった? 先週まで、骨肉の争いを繰り広げていた男子と女子が。

いや。考えてみれば、当たり前のことだ。
先生によって男女交際が公式に認められた結果、皆が後を追って「そう」なろうとしただけだ。
それはそうだろう。正しいことは進んでしなくてはならない。標語にだってなっている。
だからそこかしこで彼氏と彼女が生まれ、クラス中でカップルが成立した。
そしてモデルケースはもちろん、瑛と愛実だろう。
誰もいない教室でキスをするのが流行っている、とまで悠太から聞いて、美亜は卒倒しそうになった。

「なんだよ杉田、またおこってんの」
「おこってない。うるさい」

美亜は席に座り込み、爪をかんで考える。
気に食わない。こんなに簡単に愛実に流されてしまうクラスはまったくもって気に食わない、が――
だがあえて、この流れには乗るべきだ。そう美亜は結論づけた。

彼氏なんぞに興味はないが、この新しい評価基準をうまく利用すれば、愛実に一泡吹かせられる。そう、愛実の持ち札である瑛よりもレベルの高い彼氏を手に入れれば、スターの座は一気に美亜のものではないか……!

「わかった! 杉田も彼氏ほしいんだろ」

ぎくっとして、美亜は思わず悠太を見た。

「だったら、おれと付き合えばいいじゃん」
「はあ?」
「だってそれが『しぜん』だろ。どう、おれ」

美亜は立ち上がり、自分より低い位置にある悠太の顔を、まじまじとのぞき込んだ。ひょうきんにニッと笑った口から見える、上の前歯が一本抜けている。

「アホ、歯抜け。あっち行ってろ」
「んなっ」

並の相手と付き合ったところで、愛実の後追いになるだけだ。悠太?
冗談ではない。
クラスのスターになるには、愛実の彼氏である瑛に負けない王子を獲得しなくては。
美亜は教室に鋭く視線を巡らせ、無言で観察を始めた。

そして放課後。はじき出した答えは。

「花井」
「え? 何、杉田」
「ちょっときて」
「なんだよ、おれもうサッカー行くんだけど……」

強引に袖を引っぱって廊下へ連れ出したのは、花井蓮(はないれん)。
ほとんど話したことはないが、見たところルックスでは瑛に負けていない。
大柄で筋肉質な体と健康的に灼けた肌は、学外のフットボールクラブで鍛えたものだろう。五年生ながらかなり活躍している、らしい。
成績が悪いことと、すかした態度は気にくわないが、この際中身には目をつぶってやろう。

――しかし。

「杉田と? おれが?」

鼻で笑うというのはああいうことを言うのだろう。フンッと一息吐いて、蓮は言ったものだ。

「悪いけど、タイプちがうっていうか。おれの好みってほら、ゆるふわ系じゃん」

その鼻にまっすぐ拳を叩き込み、美亜は肩をいからせて家路についた。

だめだ、クラスの男子は。
考えてみれば、どのみち瑛がナンバーワンなのは揺るがないのだから、蓮を彼氏にできたところで、二番手になるだけだ。他のクラスの男子だってどんぐりの背比べだろう。瑛を凌駕するような器はまず見当たらない。
とすればどうする。いっそのこと瑛を愛実から奪い取ってしまうか。
難しいミッションだが――今までの愛実の悪事を瑛に暴露すれば、心変わりもあるかもしれない。
もしくは、瑛自身の人に言えない弱みを探ったってよいのだ。他愛のないことでもいい、何か手がかりがあればそれをふくらまして……。
少し思案し、しかし美亜はその案を却下した。携帯電話も持っていない美亜に、サスペンスドラマで見るような録音機器や隠しカメラなど用意のしようもない、ということもあるが、何よりそのやり方はだめだ。
人の弱みに付け込んで、自分は動かず周りからじわじわ火であぶるようなやり方をしては、愛実と同じになってしまう。
それは美亜の矜持が決して許さないことだった。あくまで正攻法で、愛実をやり込めなくては。
ならば残る手はあと一つだ。年上をものにする。これしかない。つまり六年生、それも瑛の頭が上がらないような大物を。しかし、上級生にコンタクトを取れるツテなど、美亜にはないのだが……。


考えているうちに、川べりのアパートまで帰ってきた。ぶつぶつ言いながら二階に上ろうとした時、階段の向こう側から声がした。

「よー、お子様」
「瑠美(るみ)ちゃん。何してんの」

階段の下の日陰で、暑いのにスウェット姿の瑠美が、ヤンキー座りでタバコをふかしている。背中まである金髪は、てっぺんからこめかみ辺りまでが黒くプリンになっている。

「彼氏が寝てんの。いびきすごくて避難中」

歯並びの悪い口を開いて笑う。一〇一号室に住んでいる瑠美は今年中学二年生だ。そのはずだが、ここ最近制服姿を見た覚えがない。

「瑠美ちゃん、彼氏いたの?」
「こないだからねー」

瑠美のだらしない笑顔を見て、美亜はひらめいた。
瑠美の彼氏なら、中学生。それもヤンキーの公算が高い。
もし美亜にヤンキー中学生の彼氏がいれば、クラスの連中など怖がって服従するだろう。もちろん愛実だって……!

「瑠美ちゃん、その彼氏貸して! ちょっとだけでいいから!」
「……あーん?」

ぎろっと瑠美の目が剣呑に光り、美亜はあわてて説明しようとした。

「や、ほら、悪そうならなんでもいいけど」

知り合いとかでもいいから! という言葉は、襟首をつかまれて続けられなかった。

「何が悪そうって? 頭が? 顔が? 彼のか? 私か?」
「た、タイム、瑠美ちゃん、ギブギブ……」

カエルみたいな声をしぼり出して、美亜は瑠美の腕を必死にタップした。

「はーんそういうことね。おまえなあ、他力本願はよくねえよ?」

階段下に並んで座り込まされ、こんこんと説教される美亜。

「王子ったってねー。うちらがそんなん目指したってしゃあないっしょ」
「どうして?」
「どうしてって」

瑠美はめずらしく言いよどんで一階のドアをうかがい、それから仰ぐようにぼろアパートの屋根を見て煙を吐いた。

「――まあさ、手頃なのを拾って磨いて、王子様にしてく方が楽しんじゃね? 原石よ原石」
「はー……」

そういうものか。そうかもしれない、と美亜もめずらしく感心する。

「原石ってのはね、意外と近くに転がってるもんよ」

瑠美は美亜を見つめて、意味ありげに笑う。

「近くに?」

その時、美亜の脳裏に雷鳴がとどろいた。美亜の近くにいる男といえば。

「なんだっけほら、よく来てるじゃん。川向こうの――っておお?」
「ありがと瑠美ちゃん!」

いるではないか、秘蔵の原石が。美亜は居ても立ってもいられず、まっしぐらに階段を駆け上がった。

「巧翔!」

バターンとドアをたたき開けながらさけぶ。ハムスターみたいに部屋のすみっこにうずくまっていた巧翔が、びくっと顔を上げた。

「え? え?」

美亜は靴を脱ぐのもそこそこに、巧翔にのしのし歩み寄る。

「おまえ、ちょっとそこに立て」
「え、なに……ごめんなさい」
「いいから。ぶたないから。命令」

もじもじとこちらに向き直る巧翔を、美亜は足元からねめまわす。
これは……もしかしたら。
巧翔の背はまだ美亜より低いが、一つ年下の十歳にしては平均だろう。
外に出ないから生っちろいし、少しやせて貧相だが、逆にかわいらしいとも見える。顔の造作も悪くない。鼻筋は通っているし、なにより目が大きい。べそをかいた瞳がきらきらとうるんで星のようだ。
そうだ、暑苦しいと思っていた天然パーマの前髪も、淡い色で柔らかくカールして、どこか外国の王子様のようではないか。年下というのもこの際意外性があるのでは……。

一分あまりもじいっと見つめた後、美亜は巧翔に人差し指をぴっと突き付けた。

「悪くない」

いける。やや変化球の感は否めないが、投げ方によっては瑛にも抗し得る。
巧翔は首をかしげる。

「何が?」
「きまりね」
「だから、なにがさ」
「カレシ」
「彼氏? 誰の?」「私の」「誰が?」「おまえが」

「……んん?」

飲み込めていない様子の巧翔にかまわず、指差したまま美亜は命じる。

「巧翔、そのまま。動くなよ」
「え……うん」

肩をがっとつかんで、美亜は勢いよく自分の顔面を突進させた。

「わあ!」

巧翔がとっさに首をそらしたので、美亜の唇は命中しなかった。

「動くなって言ったろ」
「なんで頭突き!?」
「頭突きじゃない、キスだ」
「なんで!?」
「カレシだから」
「誰が?」「だからおまえが」「誰の?」
「私の!」

再度の突進。

「わあっ」
「いてえ!」

突き出した顔に巧翔の振り回したひじが当たった。
思わず美亜が腕を離すと、巧翔は一目散に壁際まで逃げていく。

「じっとしてろ、ばか!」
「やだよ気持ちわるい!」
「付き合っちゃえば勝ちなんだよ! だからおまえだ、キスだ!」
「キスって、キスって……だってそれ、キスじゃな……たすけて!」

もみ合ううちに巧翔は尻もちをつき、あえなく畳に組み敷かれた。
しょせんこの家で美亜がこうと決めたら、巧翔に抗うすべはない。
それが弟だ。
ひい、と情けない声をもらす巧翔の唇めがけて、美亜は頭を振りかぶり、振り下ろした。

                        <第3回へつづく>

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