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FOMCのポイント整理

1.はじめに

FRBがついに利下げサイクルを開始した。色々な注目点はあるものの、市場はFRBの利下げを好感している。私もこの動きは正しいと思っている。過去で最も急激な利上げサイクルが終わり、いよいよ利下げサイクルが開始されたのだ。ドットチャートを見る限り、今回の利下げサイクルは、「初回のみダッシュ、その後は利下げを急がずに、通常運転の予防的利下げ」という展開が見込まれる。私は、あまり難しく捉える必要はないと考えている。現在の米国経済が景気後退にあるのであれば、FRBの金融政策は非常に重要であるのだが、米国経済は強いため、金融政策が多少間違っていたとしても、そう深刻に考える必要はないのだ。米国経済は強く、現在は金融サイクルで言えば、「業績相場」の段階にある。通常は業績相場の次には、逆金融相場へシフトしていくのであるが、今回については逆業績相場に移行する前段階に、一度金融相場に戻るのである。私は「業績相場に、金融相場が追いかけてきた」という表現をしているが、当面は「業績相場+金融相場」的な環境になるのである。正直言って株式市場においては難しいことはどうでもよく、インフレ再燃リスクが浮上したり、企業業績が明確に悪化するまでは、上昇相場に乗ることが正解だと思われる。もちろん、年末ラリーの前には、大統領選という波乱要因があるが、それもドタバタしながら、消化されていくだろう。さて、今回はFOMCのポイントを押さえておこう。

2.FOMCのポイント

今回のFOMCは、市場の注目度が非常に高かった。私が注目した点を取り上げてみたい。

① FRBの市場とのコミュニケーションの問題点

今回のFOMCが注目されたのは、直前まで市場における利下げ幅の織り込みが25bpなのか、50bpなのかで意見が割れていたからだ。ところで、中央銀行の金融政策は原則として、「インフレを抑制するための金融政策については、FRBは市場とコミュニケーションを緊密に取る必要がない。むしろサプライズ的な金融政策がインフレを抑制する効果もある」と言われている。何故なら、金利引き上げには限界がない。10%でも20%でも100%でも無限に金利は上げることができる。FRBの情報提供が少ないほうが、市場はFRBの金融政策に対して疑心暗鬼となり、そのことが経済活動を抑制したり、インフレを鈍化させ得る。1970年代~80年代のインフレ時代のFRBは「黙して語らず」と言われてきた。2022年の6月からFRBはインフレを抑制するために、1回75bpもの利上げを4回も連続して実施した。この強烈な利上げなどは、まさに市場にとってはサプライズ的な利上げであった。
一方で景気を刺激するとか、デフレから回復するとか、あるいは予防的な利下げについては、市場とのコミュニケーションが円滑で、市場がFRBの意図を事前に理解してくれていることが望ましい。何故なら金利の引き下げにはゼロ金利制約という限界があるからだ。昨今ではマイナス金利政策という人類史上で行われたことのない政策も導入されたが、無制限にマイナス金利を深めることはできない。ゆえにディスインフレ時代には、「フォワード・ガイダンス」の重要性が指摘された。金利だけでなく、FRBの言葉やコミュニケーションを含めて、金融政策の有効性を高めるのである。かってバーナンキ元FRB議長が「中央銀行の金融政策の98%はトークだ」と言ったのは、まさにディスインフレ環境の2015年であった。
そういう意味では、今回のFOMCの直前までFRBの利下げ幅で市場が2分されている状況というのは、そもそもFRBの市場とのコミュニケーションが良くなかったということだ。例えば、仮にであるが7月に利下げサイクルを開始していれば、今回の9月のFOMCでは25bpの追加利下げがコンセンサスになっていただろう。また「50bp利下げ」という市場においては正常時の利下げ幅ではなく、景気後退時や金融ショック時の大きな利下げでスタートする可能性があるのであれば、そのことをもっと明確に市場に周知させることが必要であっただろう。
更に今回のFOMC後のパウエル議長の記者会見では、「Recalibration(再調整)」というこれまでのFRB内では聞き慣れないワードが突然使われた。これもよろしくない。市場は、その意図に悩むからだ。Fedウオッチャーという人たちは、FRBメンバーが使う単語や表現を研究している。利下げサイクルを開始する重要なFOMCにおいて、突然これまで使われてこなかった単語が頻繁に使われるというのは、市場に混乱を生じさせる可能性があるのだ。
また、パウエル議長の記者会見後でも、市場では「なぜ50bp利下げをしたのか?本当に必要だったのか?」、「米国大統領選の影響を受けているのでは?」という声が絶えない。今回の利下げを市場は好感しており、結果的には成功だ。しかし、これは米国経済の状態が良いからだ。市場とのコミュニケーションという意味では、FRBには課題が残るFOMCであった。

② FRB内の意見対立

今回のFOMCでは、タカ派で知られるボウマン理事が25bpの利下げ幅を主張し、反対票を投じた。FOMCは通常は議長を含めて7名のFRB理事と、固定メンバーのNY連銀総裁、そして交代制の各地区連銀総裁4名の合計12名で行われる。各地区連銀の総裁とは、通常は長年金融市場で生きてきた叩き上げで金融博士号などを持つ人たちであり、自分の金融理論などを確立していたりする猛者が多い。従ってFOMCでも地区連銀総裁は独自の見識から反対票を投じることは珍しくない。しかし、FRB理事は違う。このFRB理事は、基本的にFRB議長をサポートする人たちであり、意見が異なっても最終的には議長の方針に従うのが通例だ。今回、ボウマンFRB理事が反対票を投じたが、これは2005年以来、19年ぶりのことである。しかも2005年に反対票を投じたオルソン理事は辞任している。そういう意味では、今回のFOMCでも最後までボウマン理事を説得しようとしたはずだ。それでもボウマン理事は反対票を投じた。これはなかなか興味深い動きである。
また、ドットチャートも面白い。どこが面白いのか?それは24年末までの利下げペースについて、FRB内で意見の統一がされていない点だ。どういうことか?24年のFOMCは11月と12月のたった2回だけだ。9月に利下げサイクルを開始した後に続くたった2回のFOMCなのに、10名のメンバーが2回の追加利下げ(1回25bp換算)を主張した一方で、7名は1回だけの追加利下げを主張し、2名は年内の追加利下げなしとのことだった。この2名の内の1人はボウマンFRB理事だろうが、更にもう1人いるようだ。この人も今回の決定には不満だが、渋々議長に同調したのだろう。
25年や26年の政策見通しが各メンバー間で乖離するのは仕方がないが、年内の残り2回でもこれだけ分かれるということが興味深いのだ。それだけ、FRBメンバーは米国景気を好調と予測しており、ましてや景気後退リスクは程遠いと判断しているということだ。ゆえに利下げを積極的に行えば、インフレリスクが台頭する点を気にしているのだろう。FOMCが終わり、ブラックアウト期間が明けることから、これから各メンバーが喋り出す。パウエルFRB議長は、今回のFOMCで「非常に良い議論をした」と言っていたが、その「良い議論=意見対立」の状況が徐々に明らかになるだろう。ここは注目しておきたい。

③ FRBのドットチャートとSEPの注目点

まずはドットチャートを確認しておこう。下の表は昨年12月からのドットチャートの変化だ。私は、今回のドットチャートは、昨年12月のFOMC時に示されたものと似通ったものになると見込んでいたが、初回利下げが25bpではなく、50bpとなったことから、1回分ドットチャートが下のレベルになった。つまり、初回の利下げは50bpと大きかったものの、基本的には昨年12月のFOMC時と同じストーリーだということだ。後ほど取り上げるが、ロンガーランがじわりと上昇している点も注目だ。

(ドットチャート中央値)

次にSEPであるが、下の表のようにFRBはインフレは緩やかに低下していく展開を見込んでいる。失業率は年末に向けて上昇する。これは、FRBが利下げをしたからといって、すぐに経済に波及するわけではなく、タイムラグ効果があるためだろう。今回の利下げや年内の利下げが経済に波及するのは、来年からだ、ゆえに失業率上昇は4.4%で頭打ちになり、その後は低下するというソフトランディングが描かれている。

ところで、我々は何を想定しておく必要があるだろうか?1つは言うまでもなく、インフレの再燃リスクである。直近2回のCPI、特に前回のCPIは住居費の粘着性を示したほか、スーパーコアの上昇など、やや不気味でインフレ再燃リスクの気配を感じさせるものだった。FRBが利下げをする。市場環境が好転して、リスク資産が上昇する。住宅市場も回復する。米国大統領選では、どちらの候補も結局は財政拡張政策を主張している。そうした環境で、インフレがどうなるか?これは市場の注目となるだろう。

2つ目は、失業率だ。多くの市場関係者は失業率がFRBの想定よりも、より激しく上昇する展開を指摘しているが、私は逆に失業率がFRBの想定よりも低下していったら、市場はどう反応するのか?に注目している。つまり、失業率が再び4%を割り込むような展開になった場合である。市場は荒れる可能性があるだろう。今年の年初から4月にかけての市場のFF金利の織り込みの変化は激しかったが、あの展開が再来する可能性がある。下のチャートは、24年の利下げ回数について、年初からの市場とFRBの乖離を示している。年初に市場は6回~7回の利下げを織り込んだのに対し、FRBは3回の利下げが中央値であり、大きな乖離があった。ところが強いインフレデータが相次ぎ、市場は4月にかけて利下げ見通しを急速に修正し、年内に1回程度まで低下した。人によっては利下げではなく、利上げを予想する人も登場したほどだ。このドタバタした織り込み変化で、米国の長期金利は急上昇して、株式市場も調整局面になった。
24年についてはFRBは更に2回の利下げが中央値であるのに対し、市場は3回の利下げを織り込んでいるが、この程度の差は大きな波乱要因にならないだろう。

(2024年の利下げ見通し)

しかし、25年については市場は5回の利下げを織り込んでいる。足元から見れば、年内に更に3回、そして25年に5回で合計8回の利下げだ。失業率が4%割れともなると、この利下げ見通しの急速な巻き戻しが起こる可能性が高い。インフレの再燃も金利上昇リスクとなるが、失業率の思わぬ改善も金利上昇リスクになることは想定しておきたい。

④ ロンガーランの動向

最後にロンガーランである。過去のFOMCからの推移を示したのが下の表だ。黄色の網掛けは最も投票数の多い水準を示している。これまでは最頻値は2.5%であったのが、今回は2.5%と2.75%にそれぞれ3名が投票して最頻値となった。中央値はじりじり上昇し、今回は2.875%となった。加重平均値では約3%まで上昇している。3.25%以上を見込むメンバーは前回の4名から7名に増加している。ロンガーランが持続的に上昇していくとなると、FRBの最終的な利下げ到達地点が上方修正されることになる。この点も、今後の注目ポイントになるだろう。

(ロンガーランの各メンバーの投票行動)

今回は以上です。

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