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ライトハイザー氏とはどんな人物?

トランプ政権の通商政策を担うと目されているロバート・ライトハイザー氏について、どんな人物でどんな政策を志向しているのかを抑えておこう。

(1)どんな人物?

ライトハイザー氏は、オハイオ州生まれ。かって製造業が栄えたラストベルト地域の出身だ。現在は77歳だが、昨年6月にも「No Trade Is Free: Changing Course, Taking on China, and Helping America's Workers」を出版するなど、精力的な活動を続けている。

  • ライトハイザー氏は、アメリカ・ワシントンD.C.にあるジョージタウン大学で学士号(Bachelor's degree)を取得。ジョージタウン大学は政治学や国際関係の分野で有名な私立大学だ。

  • 学士号取得後、ライトハイザー氏はジョージタウン大学のローセンターに進学し、法務博士号(Juris Doctor, J.D.)を取得。同大学は、全米でトップクラスの法科大学院として知られ、法律学の教育と研究の分野で非常に高い評価を受けている。特に公共政策や国際法、ビジネス法の分野で強みを持っており、司法や政府で活躍する多くの法律家を輩出している。

  • 法律家として社会に出た後、上院院内総務のボブ・ドール上院議員のもとで働くようになり、これが政治の世界の入り口となったようだ。

  • ライトハイザー氏は1983年から1985年まで、ロナルド・レーガン政権下で通商交渉を担当する副通商代表を務めた。この役職で、彼は日本や欧州連合(EU)との貿易交渉に従事し、特にアメリカの製造業や鉄鋼業の保護を重視した交渉を行った。

  • ライトハイザー氏は、レーガン政権退任後、ワシントンD.C.の有力な法律事務所スカルデン・アープス(Skadden, Arps, Slate, Meagher & Flom LLP)に所属し、長年にわたってパートナー弁護士として活躍した。

  • 同氏の専門は貿易法と規制に関する問題で、特にアンチダンピング(不当廉売)や相殺関税(補助金付き製品への関税)に関するケースでアメリカ企業を代表して活動。この分野での経験が、彼の保護主義的な立場や、アメリカ産業保護への理解を深める基盤となる。

  • ライトハイザー氏は、スカルデン・アープスでの弁護士活動を通じて、アメリカの製造業や鉄鋼業界との密接な関係を築いた。同氏は、アメリカの鉄鋼業界が外国からの不公正な貿易慣行にさらされていると見なしており、長年にわたってこれらの産業の利益を守るための法的支援を行ってきたことから、「鉄鋼業界の擁護者」とも見なされている。

  • 2017年のトランプ政権で、米国通商部代表(USTR)に指名され、トランプ大統領の米国ファースト戦略のもとで活躍した。

  • 強硬でタフな交渉者として知られているが、人種差別や歴史問題も含めて、あまり問題発言をしたことは聞いたことがない。あくまで自分のカテゴリーである通商政策や法律の範囲内で仕事をしていると思われる。

(2)ライトハイザー氏の功績は?

トランプ政権時代の同氏の功績は以下のようなものがある。

① 米中通商交渉と「第一段階合意」

ライトハイザー氏の最も象徴的な実績の一つは、米中貿易戦争の交渉役を務め、「第一段階合意(Phase One Deal)」を成立させたことだ。この合意により、中国はアメリカからの農産品やエネルギーの輸入拡大に合意し、知的財産保護の強化や技術移転問題への対応を約束した。

トランプ氏は、普遍的基本関税政策のもと、中国に対しては60%の関税を適用すると公言してきた。ライトハイザー氏が政権入りすれば、再び中国との交渉の最前線に立つのだろう。

② USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の成立

  • ライトハイザー氏は、NAFTA(北米自由貿易協定)を再交渉し、新たにUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を成立させた。USMCAでは、アメリカの自動車産業と農業にとって有利な条件が盛り込まれ、北米における製造業の活性化が図られた。

  • 特に、USMCAには自動車生産における地域内調達比率の引き上げや、賃金水準に関する条項が加えられ、アメリカの製造業や労働者に配慮した内容となった。これはライトハイザー氏の交渉力を示す成果だ。

  • ちなみに2026年にUSMCA協定の見直しが予定されており、トランプ氏は更に米国に有利な方向で修正したい意図が強い。仮にライトハイザー氏が政権入りする場合には、この交渉の中心人物になるだろう。

③ 欧州連合(EU)との貿易交渉

  • ライトハイザー氏は、EUに対しても強硬な姿勢を取り、農産物の市場開放や自動車関税の問題について交渉を行った。同氏は、アメリカの農産品がEU市場で公正に競争できるようにすることを求め、特に関税や非関税障壁の撤廃を目指した。

  • この交渉の一環として、EUはアメリカ産の牛肉や一部の農産品の輸入拡大に応じ、一定の成果が見られた。

④ 関税政策の推進

  • ライトハイザー氏は、トランプ氏の意向を受け、関税を外交のツールとして積極的に活用した。特に中国、EU、メキシコ、カナダに対して鋼鉄やアルミニウムなどに関税を課し、アメリカの国内産業を保護しようとした。この政策は一部で物議を醸したが、アメリカ製造業を支援する狙いから実行された。

  • 特にトランプ政権時代には、1962年通商拡大法232条や、1974年通商法301条など、かなり禁じ手とも思われるような法律を適用し、中国に圧力をかけた。かなり剛腕だということだ。

(3)ライトハイザー氏の基本認識は?

  • トランプ政権以前から、アメリカ産業の競争力を守るための強い貿易政策が必要だと考えており、その保護主義的な姿勢はレーガン政権での経験と法律事務所での活動に基づくものだ。

  • ライトハイザー氏は、自由貿易がアメリカの国内産業に悪影響を及ぼすとする立場を一貫して取り、貿易赤字や産業流出に強い懸念を持つ。自由貿易の弊害を是正するための規制強化や関税導入に積極的。

  • 同氏は多国間協定に対して慎重で、二国間交渉を重視。多国間の枠組みを盲目的に支持するのではなく、アメリカの利益に応じて柔軟に対応する姿勢。

  • 同氏は、1990年代のクリントン政権の通商政策を厳しく批判している。冷戦の勝利に酔いしれ、中国への甘い立場を取ったことで対中貿易赤字はが拡大したこと、自由貿易の振興により国内の労働者が苦しい状態になったこと、製造業の海外移転で国内産業が空洞化したことなど、あの90年代の失敗が「20年以上の米国労働者の苦悩の原因」と分析している。

  • ライトハイザー氏は、アメリカが最先端技術での競争力を維持し、強化することが国家安全保障上も重要だと考えている。特に、中国などの外国が技術的に台頭し、アメリカの技術優位に挑戦することに強い警戒心を抱いており、これがアメリカの経済的利益や安全保障に影響を与えると考え、最先端分野への国家としての補助金には前向きと思われる。

  • また、コロナショック後に米国の基本的な製造能力の弱さが露呈したことを受けて、ライトハイザー氏は、アメリカの供給網の自立性を高めるため、先端技術や重要な製品の国内生産を促進するべきだと考えている。特に、外国依存のリスクを減らし、アメリカの技術的な自立性を確保するためには、政府の支援が不可欠と考え、国内での生産能力を高め、外国からの影響を受けにくい技術基盤を築くことを推奨している。

(4)産業政策としての補助金の活用は?

  • ライトハイザー氏は、国内産業の競争力を維持するため、補助金や税制優遇措置といった産業政策を国家戦略として活用することに肯定的。彼の保護主義的なアプローチは、国内の技術産業が海外の競争から守られ、発展できるようにするためのもので、政府が積極的に支援すべきだという立場から来ている。

  • 特に、半導体、AI、バイオテクノロジーなどの分野に対する投資が重要とされており、アメリカが技術的に優位に立つためには、政府が資金やリソースを提供して、これらの分野の成長を促進するべきだとの主張。これは、現在の米国の基本的な方向性と一致している。

  • ライトハイザー氏は、中国が国家主導で最先端技術を育成し、補助金や政策支援を行っていることに対し、アメリカも対抗する必要があると考えてている。中国の技術発展が、軍事や経済の面でアメリカに脅威をもたらす可能性があると見ており、アメリカも積極的に自国の技術産業を支援すべきと主張している。

  • 半導体、AI、宇宙分野、サイバーセキュリティなどは安泰のようですね。

(5)金融政策や財政政策については?

  • FRBの金融政策等については、ほとんど言及していない。財政政策については、製造業の復活という観点から、その拡大を支持しているようだ。すなわち、米国の貿易赤字を問題視し、その是正を重視している。具体的には、関税の導入やドル安政策を通じて、米国の輸出競争力を高め、貿易赤字を縮小することを提唱。国内産業の保護と強化を目的とした財政支出や税制改革を支持しており、特に製造業の復活を目指している。

  • 但し、財政規律や財政健全化などの発言はなく、ライトハイザー氏はあくまで通商政策の専門家としての立場を崩していないようだ。

(6)大手ハイテク企業に対する考え方は?

  • ライトハイザー氏は、競争の保護や市場の健全性を重視するため、反トラスト法の適用を強化し、大手ハイテク企業の市場支配力を制限することに賛成する可能性がある。彼は国内産業の保護や公平な競争環境を重視しているため、独占的な市場支配がイノベーションや他の産業に悪影響を及ぼすことを懸念する立場を取ると思われる。

  • また、国内の他の企業やスタートアップが成長するために大手企業の市場支配を制限することが必要だと考える可能性がある。

  • 中国の影響力や技術的優位に対抗するため、国内のハイテク企業を戦略的に支援する必要があるとも考える一方で、これらの企業が国家安全保障にとってリスクになる可能性を懸念する。特に、大手ハイテク企業が外国政府と関係を持つ場合や、個人データや機密情報を扱う分野で影響力を持ちすぎている場合には、規制の強化や監視を提唱する可能性があるだろう。

  • つまり、大手ハイテク企業が国内産業全体に貢献する限りは支持しつつも、独占的な行為や競争抑制が見られる場合には、規制の強化を支持する立場になる可能性が高い。大手ハイテク企業の解体などには慎重と思われる。バランスを重視すると思われ、市場においてはバイデン政権よりも安心感が強いだろう。

(7)ドル安政策を取るのか?

ライトハイザー氏は、ドル安政策のイメージが強いが、同氏にとってドル安は広範な通商政策のなかの1つの手段に過ぎない。貿易赤字削減のために、ドル安政策が必要なら支持するが、関税政策や規制などにより、ドル安が不要なら必ずしも支持しないだろう。公にドル安政策を支持した記憶はない。もちろん、トランプ大統領の意向に沿ったものになるだろうが、同氏の基本的な考え方は、米国ファースト、国内製造業が有利な政策を推し進めるために、何でもやるという姿勢だ。

(8)日本に対する姿勢は?

  • ライトハイザー氏は、日米間の貿易不均衡を問題視し、日本に対してアメリカ製品への市場アクセスを拡大するよう求めてきた。特に自動車や農産品の輸出入に関して、日本がアメリカ製品を十分に受け入れていないと批判することがあり、これらの分野での貿易赤字を縮小するための交渉を行ってきた。

  • 同氏は、日本市場へのアクセスを確保するため、日本に対して非関税障壁の撤廃を求めてきた。日本国内の規制や基準が、アメリカ製品の参入を妨げていると考え、アメリカ製品が日本市場で競争できるよう、よりオープンな市場を要求してきた。

  • 1986年に締結された日米半導体協定の交渉において、ライトハイザー氏は重要な役割を果たした。この協定は、日本の半導体市場の開放と米国製品のシェア拡大を目的としており、日本企業に対する輸出規制や価格監視などの措置が含まれ、日本の半導体業界に大きな影響を及ぼし、結果として同業界の低迷を招いた。これは同氏の成功体験のようだ。

  • ライトハイザー氏は、日本がアメリカからの防衛装備品を輸入することにも関心を示し、日本がアメリカの防衛産業を支えることを期待している。これにより、アメリカの防衛関連の雇用や技術が維持されることも彼の狙いの一つとされる。


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