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失敗を恐れるな、というけれど。

すこし前、のっぴきならない事情があってホテルに2泊することがあった。さいしょから連泊と決まっていたわけではなく、1泊したあと、またもう1泊することになり、バラバラの予約で。

1泊目は数日前から決まっていたこともあり、以前から一度泊まってみたいと思っていたホテルをすぐ予約した。ここのところ、あまり心休まることのない生活がつづいていたので、とにかく休みたい。心地よくゆったりリラックスできる空間とサービスが欲しかった。かといって超高級ホテルのような贅沢を求めていたわけではなく、狭くてもいいから、行き届いていながらも行き過ぎない、ちょうどいい心地よさがほしかった。

この目的と1泊目のホテルは完全に合致した。

わたしが予約した部屋はそのホテルのなかで一番小さな部屋のプランだったので、たしかに部屋は狭かった。だが建物の防音は行き届いていたし、わたしが一人客で、かつ部屋に「お籠(こも)り」しそうな感じが漂っていたからか、まわりの部屋にあまり宿泊客のいない部屋を選んでくれたように感じた。設備は最低限だったが必要十分だった。浴室はユニットバスで浴槽も小さかったが小柄なわたしにはちょうどよかったし、掃除が細部まで行き届いていて、水まわりの汚れやぬめりにかなり神経質なわたしでも、とても気持ちよく入浴できた。

だからといってこの部屋が完璧な部屋というわけではなかった。入口のドアを入ってすぐに冷蔵庫と電気ケトルがあるミニバーがあり、座って過ごせるデスクは部屋の一番奥にあったため、コーヒーや紅茶を飲むにはいちいち部屋の入口まで行かないといけない面倒くささがあった。さらにいえば、そのデスクがベッドとベンチの間をほぼ埋めていて、一度ベンチに座ると、立ち上がってトイレやミニバーに行くときにはいつも身体をそーっと壁にそわせて出入りする必要があり、そのことだけでとるとそのワークスペースはそんなに使い勝手がいいわけではなかった。

ところが。わたしはその煩わしさがまったく気にならなかった。わたしが求めていた清潔さや静けさ、そして素敵なインテリアがあり、なにより言葉にはならない「漂う空気」みたいなものが自分にぴったりフィットしていて、わたしにとってはこの上なく贅沢な空間だった。自分にとっての「心地よさ」とは、広さとか使いやすさではないのだということをあらためて知った。

そんなふうに最高の時間を過ごせたホテル泊、1日目は「成功」と呼ぶにふさわしいものだった。


さて、そうやってこの素敵なホテルに心から感謝し、意気揚々とチェックアウトしたわたしだったが、そのあとになってもう1泊する必要が出てきて、またホテルを探すことになった。

念のため前日泊まったホテルの空きを確認したら、部屋はあるようだった。そのホテルに戻ってもう一泊すれば、また珠玉の時間が過ごせる。が、この時点ですでに別の場所に移動してしまっていたことと、そのホテルにはまた時折うかがうことになりそうだから、せっかくの機会に別のホテルも開拓してみようか。そんな欲が出た。

前日のホテルが思ったよりリーゾナブルに泊まれたこともあり、わたしは「そんなに高価じゃなくても、広くなくても、いいホテル、合うホテルはある」と自信を持った。そうやって選んだ2日目のホテルは、前日と同じぐらいの大きさの部屋で、とあるデザイナーがデザインに協力したというホテルで、価格は前日よりもさらにリーゾナブルでありながら、わたしの愛用している某ホテル予約サービスによると、気になる衛生面をふくめた利用者の評価は前日のホテル以上に高かった。

わたしは昨日と同じようにまた、新しいホテルを開拓できるとワクワクしてその駅に降り立った。昨日よりさらに郊外にきたこともあり、すこし思っていたのとちがう雰囲気を感じたが、それでもなにか楽しめるポイントを探そうと駅前の気になるお店で夜ご飯を食べてからホテルにむかった。

さて。予想がつくかもしれないが、結論をいえばそのホテルは、価格相応、場所相応というよりは、それ以下だった。

部屋の掃除は不十分でゴミが落ちていたし、部屋の奥にある冷蔵庫の上にはホコリが溜まっていたし、中を開けると一部が黒ずんでいた。なによりわたしがもっとも苦手な電気ケトル問題。沸かしたら黒いものが浮いてきた。ダメ。ケトルに難があるのだけはダメ!無理!(個人の意見です、ある程度の確率で仕方ないんだけど・・・)

この時点でわたしはもう泣きたいぐらいで、ホテルを出ていきたい気持ちでいっぱいだったが、それでも今日は寝床さえ確保できればいいとあらためて思い直し、起きてる間は、これまたそれほど居心地がいいわけではないロビーで過ごし(あの部屋にいるよりは気分がましだった)、それなりの時間になったらさっさと寝ようと決めた。

だが残念なことに事件はまだ続いた。なぜか廊下の空調が汗ばむほどの高温に設定されており、夜中もその熱風が部屋に入り込んでめちゃくちゃ暑い。そのうえベッドが近年どこにも売ってないのではと思えるほど超ハードなボンネルコイルマットレスで身体が痛くて、ほとんど眠れなかった。

正直、わたしが思ったようなホテルではないであろうことは、ホテルのフロントについた瞬間から感じられたが、この時点でキャンセルできるわけもなく、今日は宿が確保できればいいと腹をくくった。それでもまさか部屋に入ってからも立て続けにいろいろあったのには、前日との落差もありかなり落ち込んだ。評価が高かったのは、その近くに有名な観光スポットがあり、外国人が多かったことで、評価基準がすこしちがっていたのかもしれないと推測。

ともあれ、こうやってわたしの2日目のホテル泊は「大失敗」となった。


成功もあれば、失敗もある。これで話は終わりか、というと、実はそうではない。わたしのアドベンチャーはまだ続いた。

この失敗したホテルをいち早く去ることを考えたわたしは、翌日は早朝に起きてカフェに行くことにした。昼には約束があったので、その近く、またはその途中に早朝からオープンしている良さそうなカフェがないか検索したところ、以前から気になっているものの、行ったことのないカフェがちょうど中間点にあるのを見つけた。

そうして翌日早起きした(というかそんなに眠ってない)わたしは、ホテルについていた無料の朝食をいただくことなく早々にチェックアウトし、足早に駅に向かい、そのカフェを訪れた。

さて。このカフェはどうだったか。結論は、大成功だった。

このカフェにただよう雰囲気、コーヒーの味、お店の店員さんから音楽まで、すべてが完璧で、言いようのない最高の時間をすごすことができたのだ。途中で一定の時間だけ直射日光が当たって眩しかったり、ガラス張りの小さなカフェだったがゆえ冬場はどうしても底冷えするなど、いくつかの難点はあったものの、想定内だったこともあり、まったく気にならなかっただけでなく、わたしにとってその空間はこの上なく最高の場所だった。

そしてわたしはこのとき思った。「これでよかった」のだと。

成功もあれば、失敗もある。そして失敗がなければ、また成功することもないのかもしれない。

大成功だったホテルで、わたしはその成功がうれしかったが、その成功の基準がなんだったのか、冷静な判断基準を学ぶことはできなかった。だからそのあと失敗した。だがその失敗をとおして、価格、場所、評価など、自分にとってある程度の基準を得ることができた。そしてその失敗があったからこそ、翌日には当初行く予定のなかった最高のカフェで過ごすことができた。

もちろん、失敗したホテルで過ごしたときの不快感は、今後の人生においてできるだけ味わいたくないものではあったが、成功から得たものも、失敗から得たものも、結果としては同じぐらいの価値があったのではないか、と認めざるを得ない。


失敗はいつも怖い。

今回も、実際には2日目のホテルを決めるのには勇気が要ったし、かなり時間を要した。それでも新しいチャレンジをすることを選んでよかったと思う。次はもっとうまくできる確率が高くなる気がするから。世の中で「成功者」と呼ばれる人たちが「成功と同じぐらい、またはそれ以上に失敗をしてきた」などと言ったりするのは、こういうことなのかとあらためて知った気もする。

そしてもう一つ外せない事実は、成功も失敗も、その定義は「人によって異なる」ということだ。

自分で考えて自分で決めるということは、本当に怖いことだと思う。なぜならじつは「こうすれば大丈夫」なんていう絶対的な正解はないし、失敗する可能性は「常に」あるから。それでも生きてるかぎり、その「失敗するかもしれない」に向かっていく勇気が必要だと、久しぶりに痛感した。それは世間一般にいう「成功」が手に入るからではなく、誰のためでもない「自分だけの成功」を勝ち取るためなのだ。

じつは最近、チャレンジをするということから少し遠ざかりがちで、新しい一歩をなかなか踏み出せないことが多くなっていた。久しぶりのこの経験からは本当に多くのことを学び、新しいチャレンジのハードルが少し下がった気がする。ちょっとしたアクシデントから発生した今回の外泊から、想像以上に大きな成果を得た。

失敗を恐れるな、とよく言うけれど。

こうやって経験してみても、たしかにおっしゃるとおりなのだが、言葉だけ聞くとどうしても、とんでもなく分厚い壁を打ち破れとか、とてつもなく高いところから飛び降りろとか言われているようで、怖気づいてしまいそうになる。世間というのは、ドラマティックな展開が好きなのだ。

だからわたしはこんなふうに言いたい。

「失敗も、成功も、生きてりゃあるものだ」
「失敗したら、あとは成功するだけ」

これぐらい優しめの言葉で、とにかくラクに自分の背中をポンと押してあげて、ゆっくり着実に「失敗しても大丈夫」を身体に染み込ませていけるのなら、「失敗も悪くない」そうやって楽しくチャレンジしていける気がするのだ。

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