ハロウィーン1.Happy Halloween

Spoon talk

こんにちは、こんばんは
昼と夜の境
夏と冬の境

境界が揺らぐ、今宵だけは
生ける者も、死せる者も
手を取り合い、歌い、踊って、夜を明かし
そのまま帰り道を間違ったって

それはしかたないかもね?

シチュエーションボイス

 やあ、こんにちは。それとも、こんばんはかな? 見ない顔だね。あぁ、隣の村から来たのか。どうりで。
 そう、お祭りの準備だよ。一年の始まりを迎える、人間たちにとってとても大切なお祭りさ。そして、僕らにとっても。
 昼と夜の境目——つまり夕方は、妖精が見えるって聞いたことある? ないかぁ。帰ったらお母さんに聞いてみて。
 季節の境目も同じなんだ。夏と冬の境目。こちらとあちらの境界が揺らぎ、ぼやけて、曖昧になる。
 その力が一番強くなるのが今夜。なぜなら、一年の境目だから! 生きている者も、死んでいる者も、みんなが火を囲んで手を取り合い、歌い、踊るんだ。
 そりゃあ、楽しい! とっても楽しいさ!
 楽しすぎて、その熱が冷めなくて。夜が明けて帰る時に、どちらの世界に帰るのか、間違ってしまうことだって——時にはある。
 君も気をつけてね。道を間違わないように。

SS.2

 ニールは道に迷っていた。この村へは、父と母と共に来た。道中、父も母も眉間に皺を寄せ、ニールにはわからない話を、ずっとしていた。
 つまらない。ちんぷんかんぷんな話も、何だかこわい二人の顔も、いつまで歩くのかわからない、この時間も。
 そんな彼の目の前を、虹色の翅の蝶が横切った。生まれて七年、そんな蝶、今まで一度も見たことがない。
 思わず、ふらりと追いかけた。そのうち、気がついたらニールは林の中にいて、父と母の姿は見えなくなっていて、元の道がどこだったかもわからなくなってしまった。遠くからニールを呼ぶ声も聞こえない。聞こえるのは、鳥と虫の声ばかりだ。虹色の蝶も、いつの間にかいなくなっていた。
 薄ら寒い風が吹いた。ぶるりと大きく身体が震える。どちらに行こうか、辺りを見回すニールの耳に、ふと人の声が聞こえた。少年のような声。迷わずそちらに足を踏み出した。
 緩やかな坂をてっぺんまで上れば、そこで林は終わっていた。目の前が急にひらける。地面も数歩先で終わっており、小さな崖のようになっていた。
 一人の少年が地べたに座り、ニールに背を向けていた。明るいブロンドの髪、粗末な服は、ニールのものとは素材から違うようだ。何かの繊維がより合わされている。少なくとも、柔らかそうではない。近づくと、青々とした草の香りがした。
 少年は振り返って、いたずらっぽく笑った。
「やあ。こんにちは——それともこんばんはかな」
 ニールは困ったような顔で、ぼそぼそと挨拶を返した。こんにちはなのか、こんばんはなのか、そこは曖昧に濁しておいた。山に日が沈んでいくこの時間は、いつも何と言ったらいいかわからなくなる。
「こっちにおいでよ」
 そう言って少年は、ぽんぽんと自分の隣の地面を叩いた。ニールはおずおずと少年の隣に座る。少年は気さくに話しかけてきた。
「この辺じゃ見ない顔だね。どこから来たの?」
「えっと、レルムって村から……」
 この村の名前は忘れたが、自分の村の名前だけはしっかり覚えている。少年は聞いたことがある、とにっこりした。
「ああ、隣村だね。どうりで。ちょうどいいや。ほら、見てごらん」
 そこからは、村の様子がよく見えた。少年が指差す先では、かがり火があちこちに灯り始め、大人が忙しなく動き回っている。走り回る子どもたちは、みな何かのお面をつけている。角が生えていたり、渦巻き模様があったり、人ではない何かを模したお面だ。
「お祭り?」とニールは聞いた。
 少年は、ぱっと顔を輝かせた。
「そうなんだよ! まだ準備中だけどね。一年の始まりを迎える、とっても大事なお祭りなのさ。君、昼と夜の境目——つまり夕方に、妖精が見えるって聞いたことある?」
 ニールは黙ったまま、首を横に振った。
「ないかぁ。じゃあ、帰ったらお母さんに聞いてみてよ」
 少年は、さして残念そうでもなかった。
「ともかくね、そういった時間や季節の境目っていうのは、世界の境界も曖昧になるのさ。生ける者の世界と、死せる者の世界のね。そして、その力が一番強くなるのが今夜ってわけだ」
「何で?」
 ずいぶん大きなお祭りなんだな、と村を見下ろしながらニールは思った。
 少年は得意げに両手を広げた。
「新年との境目だからさ! 生者も死者も関係なく、手を取り合って、歌い、踊るんだ。最高の夜だよ!」
「そんなに、楽しいの?」
 少年の勢いに気圧される。辺りはだんだん薄暗く、反して少年はどんどんと興奮していくようだった。
「もちろんさ! でもね、あまりにも楽しすぎて、毎年どっちの世界に帰るのか、わからなくなってしまう人もいるんだ。君も気をつけるんだよ。道を見失わないように。——ほら、お迎えだ」
 ニールの名を呼ぶ声が聞こえた。眼下の林道からだ。ニールがぱっと立ち上がって下を見ると、父と母がいた。もう言い争ってはいないようだ。
「ニール、そこで待ってて!」
 ほっとした。胸からあたたかいものが手足に広がっていく。このまま夜にならなくてよかった。こんな話を聞いた後では。
「あれ?」
 少年がいない。去っていく音もしなかった。ニールが見ていなかったのは、ほんの数秒だったのに。
 やがて上ってきた両親にも、少年のことは何となく言えなかった。
 確かに、会って、話をしたはずなのに。何だか、幻を見ていたような気分だ。
 ついに、太陽は沈み、赤々と燃えるかがり火が夜を彩る。
 ハロウィンの夜の、始まりだ。

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