ククリ物語 2話
結論から言って、今日一日、ルカの様子におかしなところは何もなかった。
違和感が気になって、様子をうかがっていたアキラだったが、本当に杞憂だったのかもしれない。
授業も全て終わり、後は部活に行くか帰るだけ。とりあえず部室に顔を出してから考えるか、などと思っていると、ルカが教室を出ていくのが見えた。
体育館とは逆方向に歩いていく。
胸騒ぎがした。
今まで、部活は絶対に休まなかったのに。
スマホだけ持って、すぐにルカの後を追う。
渡り廊下を抜けて、ルカは1、2年の教室がある隣の棟へと入っていった。昇降口も過ぎたし、いったい何の用事があるというのだろう。
ルカには見つからないように、柱の陰に隠れながらアキラはついていく。何事もなければそれでいい。気づかれないように教室に戻るだけだ。
それとも、ここで声をかけてしまった方がいいのだろうか。
遠ざかるルカの背中を見ながら、頬の裏側を噛む。迷った時のアキラの癖だ。
声をかけたら、濁されてしまうかもしれない。やはり、このままついていこう。
ルカは階段をのぼっていった。見つからないよう、身を屈めながらアキラは後を追う。
2階を過ぎ、3階を過ぎる。4階には、普段使われていない、生徒会室や、倉庫がわりの空き教室がある。
ルカは廊下を少し歩いたところで立ち止まった。階段からそっとルカの様子をうかがうと、荷物をおろして、窓を開けている。
その目に緊張が見えた。
これは、まずい。
ルカの名を叫ぼうとして、ふいに後ろから口を塞がれた。びっくりしてその手を引き剥がそうとするが、ひんやりとした手は、指が細く手のひらが小さく、まるで女のようだ。だがアキラの口を押さえる力は強く、引き剥がそうとしても微動だにしない。
目の前では、どこから現れたのか、スーツ姿の男性が、ルカを後ろから抱えるようにして、廊下に引き戻している。
そこで、アキラの意識は途切れた。
後に目を覚ました彼が見たのは、置かれたままのルカのスポーツバッグと、その上にそっと置かれている深緑色の封筒だけだった。
その時のことを、アキラはおぼろげにしか覚えていない。