ククリ物語 1話
「おはよう、アキラ」
その日、ルカはどこか吹っ切れた声をしていた。言うまでもなく、アキラはそこに違和感を持った。
嘘くさい? 演技っぽい? いいや、そういうわけではない。作り物ではない感情、さりとて誇張でもない。
「おはよ……。何かあったのか? お前」
訝しんで言うと、ルカは声を上げて笑った。
「何って? 何もないよ。変なヤツ」
そう言って笑いながら、ルカは自分の席に着く。
神成 ルカ。小学校の同級生で、バスケ部。成績は中の上、運動も当然できる方。イケメンかと言われると、ちょっと幼さが残る顔がもったいない、といったところか。そしてアキラの知る限りでは——どうやら部内でいじめの対象になっている。
ルカ本人は何も言わない。知られたくないのか、何なのか。しかし、人の口に戸は建てられないとはよく言ったもので、そういった話は知ろうと思えば、簡単に知ることができた。
詳しいいじめの内容はわからないけれど、ここ一ヶ月の間にエスカレートしているらしいことは見て取れた。ルカの表情が、はっきりとひきつっているのだ。自分では隠しているつもりなのかもしれないが、ぎこちない笑顔や、疲れた目つきでわかる。常に何かを警戒していて、わずかに触れただけでも過剰に避ける。
「部活、辞めればいいんじゃないの」
そんな風に言ったこともあったけど、ルカは疲れたように「まさか」と笑うだけだった。
「バスケ好きだし、辞めるわけねーじゃん」
「そっか」
口では平静を装いながら、その表情は、声は、態度は、彼が限界の縁にいることを示していた。
それが今日は、まるで重荷が降りたとでもいうかのように、ずいぶんとあっさり、すっきりとしている。
いいことだ。喜ばしいことだ。
でも、アキラには手放しで喜べなかった。
すべてを諦めた笑顔のように見えて、しかたがなかった。