メゾン・マルジェラと思い出の一着
Maison Margiela(メゾン・マルジェラ)
このブランドの注目度はここ数年、目覚ましく上がる一方だ。しかしながら昔からのファンにとって、現在のメゾン・マルジェラのブランディングに否定的な意見が出るのも、大きく頷けます。それはマルタン・マルジェラが作り上げた神聖でミステリアスな世界観を解体し、商業的にも分かりやすいブランドへ、かつ新たなステージへ押し上げようとしているからだ。
これはビッグメゾンがデザイナーを変えるなどして、リブランディングを行う際当然に起こりうる出来事です。しかしこのブランドに関しては、過去の功績、突き進めたビジョン、影響力が強すぎて、この大胆な舵取りに大きな違和感を感じてしまう人が多いのだと思います。
それでも僕のスタンスは、「昔のマルジェラも、今のマルジェラも好きだ」です。
僕がファッションに興味を持ち始めた2000年前後、マルタン・マルジェラはファッション玄人に受ける、本当にカルト的な存在のブランドでした。僕が勤めていたセレクトショップでは、確か2004年春夏からメンズコレクションのお取り扱いをスタートし、自分が退社するまで10年以上に渡り仕入れを担当させてもらいました。
2008年にマルタン・マルジェラ本人がブランドを退きますが、それまでの期間に制作されたコレクションは特にエキサイティングでした。
当時お店のスタイルはインポートで言うとラグジュアリーなものが主体で、例えばドルチェ・アンド・ガッバーナやディオール・オム、ニコラ・ゲスキエール時代のバレンシアガ、そして現メゾン・マルジェラのデザイナーでもあるジョン・ガリアーノのシグネイチャーなどを集積。その中でマルタン・マルジェラの存在は異質であり、しかしお店にはなくてはならぬ、コアなファッション好きの心の拠り所のような、いわば「陰の主役」的なポジションでした。
マルタン・マルジェラの何が凄かったのかと言うと、他のラグジュアリーブランドに比べ、全く高そうに見えないのに、えらく存在感がある服だったと言う事です。
クローゼットの奥底から引っ張り出してきたような中古加工された服、古着を繋ぎあわせて作ったイビツな服、当時から定番である白いペンキ加工のブーツなんて、触るとペンキが剥げてしまうような、ある意味すごい仕上がりの商品でした。
時代性を全く反映していないシルエット、独特の素材合わせや際どいスタイリングなども突き抜けていて、見るにも着るにも本当にワクワクさせられる洋服ばかりでした。
しかしながら背中にあるしつけ糸が特に購買意欲の対象でもなかった時代、良さが分かる人以外に販売するのは正直難しい洋服でした。僕自身も背景など色々と勉強し、ひとつひとつ謎を解き明かし、その上でお客様に端的にマルジェラの魅力を伝える言葉をずっと探していましたが、しっくりくる答えが見つからないまま販売業を離れ、そして時が経ちました。
それぐらい奥深く、色々と考えさせられる部分が多かったブランドです。
つい先日、マルタン・マルジェラは自身の手による彫刻、写真、インスタレーションなどの展覧会「マルタン・マルジェラ」を開催することを発表しました。沈黙を貫いてきたマルタン・マルジェラが遂に動き出すという衝撃。そして会場となるパリの美術館ラファイエット・ アンティシパシオンが発表したマルタン・マルジェラを評するコメントがとても的を得ていて、思わず唸ってしまい、長年の胸の支えが取れるような爽快感を覚えました。
「マルタンは素晴らしいアーティストであり、その作品はアートの世界でも高く評価されている。彼は思慮深く控えめな人、見捨てられた物、忘れられた場所などを独自の視点で見つめ、そうした存在に新たな尊厳をもたらす。この展覧会はマルタンの芸術性に着目したものだ」
彼のスタイルはどこにでもありそうなもの、誰からも見向きされないようなもの、それがつまり古着だったり廃材だったり、そう言ったものに新しい価値を見出し、それを作品として発表する。その「独自の視点」が大きな魅力であり、コンセプチャルなアートに通づる部分があったのだと思う。その視点は、ある意味サスティナブルなファッションの先駆者とも言える。
しかしそのオリジナリティはマルタン・マルジェラが退任する前あたりから薄れ始め、デザインチームに移行してからは、どうしても過去の影を引きずっているようにしか見えなかった。
そういった意味で過去の「マルタン・マルジェラらしさ」という既成概念やルールを打ち破り、革新するにはジョン・ガリアーノの人選は最適だったのだろう。
もうマルタン・マルジェラはいない。新たなステージへブランドを進めるべきだ。僕もそう思った。
しかしマルタン・マルジェラが持っていた、あの「独自の視点」だけはブランドが成長する中でも忘れないで欲しい。これからもそう願うばかりだ。
最後に僕のお気に入りの一着を紹介します。
当時のマルタン・マルジェラの服はデザイナーズブランドでありながら、普遍的な魅力を持つアイテムが多かったです。デザイナーズブランドはその時々でトレンドや時代性を反映しているので、「一生もの」や「時代を越えた」というアイテムに巡り合うのは正直難しい気がします。トレンドが変われば、そのスタイルが次に移行してしまうからです。
そんな中、マルタン・マルジェラは流行に左右されないタイムレスな商品をいくつも発表してきました。その中で僕の1番のお気に入りが、通称「ドライバーズ・ニット」と呼ばれるジップアップのニットブルゾンです。
Maison Margiela/DRIVERS KNIT
アイデアソースになっているのはトラックドライバーの人が着ていたという防寒性と動きやすさを備えた、一見誰からも注目されないような「普通の洋服」です。そこに価値を見出したマルタン・マルジェラのアイデアがやはり素晴らしい。
購入したのは確か2006年頃。カラーはネイビーで、秋冬に出たウールのタイプです。定番だったのでいつでも買えるだろうと思っていましたが、その冬はとても寒く、ヨーロッパ出張の前に思い切って購入しました。
ハイネックのバランスとジップの存在感が絶妙にカッコいいです。
そしてこれ本当に防寒性が凄いんです。風通さないのでこれだけでも十分冬越せます。マフラーも要りません。かつ動きやすいし丈夫、実用性あります。
本当に寒い時は、コートを上から羽織ってもスポーティな印象になっていいです。
後追いで似たような商品が他ブランドから出ていますが、やはりマルジェラの雰囲気には敵わないんですよね。
購入から15年近く経った今でも、冬は毎年普通に着ています。着すぎて袖がほつれたりしてしまいましたが、リペアして使っています。現在の価格は当時の2〜3割増しになってしまいましたが、それでも十分買う価値があると思います。マルジェラの洋服で長く使えるものが欲しいという方には是非おすすめします。
マルジェラに関してはたくさんの思い入れがあるので、また機会がある時にお伝えできればと思います。
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