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暮らしの背骨を取り戻す
日本に帰ってきた。
そのことはさんざっぱらSNSに書いたので割愛するとして、ひとまずは東京の仮住まいの中でひたすら賃貸情報サイトのページをいくつも開いては閉じ、開いては閉じ……。思えばちょうど1年前にも、NYの新居を探すのに同じように賃貸サイトばかり見ていたのだけれど、日・米賃貸サイトのド定番であるSUUMOとStreeteasyの違いは顕著だ。
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デコラティブな内装や窓からの景色、アメニティばかりが強調された、良く言えば豪華絢爛、悪く言えば見栄ばっかりなNYの物件事情に比べて、日本の物件は駅から何分とか、何LDKとか、機能を最重要視していることが多く、サムネイルには無骨な外装ばかりがずらりと並ぶ。こちらは良く言えば質実剛健、悪く言えば地味。文化の違いは、賃貸サイトのサムネイルにまでしっかり反映されているんだなぁ。
家探しの合間にSNSを開けば、ため息しか出ない政治や、多様性を排除しようとする社会の仕組み、ジェンダーバランス後進国の現在地なんかにうんざりしてしまう。とはいえここは、慣れ親しんだ母国だ。ある程度のマジョリティ側としてぼんやりと過ごすことが出来るし、言語で困ることもないし、銃撃事件はそうそう起こらない。何より、水がうまい。水の合う場所はやっぱりいい。帰ってきたのだ、としみじみ喜ぶ。緊張していた細い糸が、次第にふやけた麺のようになっていく。
治安のぐらついたニューヨークでしばらくひとり過ごしていると、周囲への警戒心が高まって、赤の他人は理解の範疇を超えた存在だから……と自然に捉えるようになっていた。
もし私がアジア人の女であるというだけで、文化も、言語も、受けた教育も、受けられる社会制度もまるで違う他人に攻撃されたとしたら。その相手と「分かり合う」ことはきっと至難の業だ。「話し合えばわかる」みたいな希望で他者を捉えるよりも、「きっとわかり合えないだろうから、最大限警戒しよう」という諦め……観念のようなものが、多様性の中を生きるための杖になっていた。
そうした杖を頼りに過ごしていると、自分の中から瞬発的な「怒り」が消えていくことに驚いた。私にとっての怒りというのは往々にして、「分かり合えるはずなのに、どうして?」という同胞としての期待があるからこそ湧き上がってくるものだったのだとあらためて認識する。
そうして怒りと距離を取ることは、生きづらい日々の中で呼吸をするためのライフハックにはなる。その先にあるのが悟りか、虚無に満ちた鬱かというのはまだちょっとわからないので、お勧めできるようなものでもないかもしれないけれど。
先日、そうした怒りの消失についてTwitterで呟いていたところ、「なんだ、この人はアクティビストになるんじゃなかったのか」というようなご意見をいただいた。アクティビスト。確かに、帰国しますという英語の投稿の中で、私は物書きとして、そしてアクティビストとして、ちゃんと母国で生きていきたい、と書いていたのだ。けれども、アクティビスト=怒れる人、というだけでもないだろう。社会になにかを訴えかけるときの手段には、もちろん怒りもあるし、そして、怒り以外の手法だって存在する。
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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。