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不妊治療と仕事は両立できるのか問題。


前回、京都で展覧会を開催した話を書いたけれど、会場に来てくださったお客さんの多くから「体調は大丈夫?」「無理しないで」というお声掛けをいただいた。

私は不妊治療をしていることを赤裸々に書いているために、それを読んでくださった上でのことだろう。「痛い」「先が見えない」「自由に仕事が出来ない」という、うだつの上がらない言葉ばかりを公にしてしまっていることもあり、必要以上の心配を掛けてしまっているのではないか……と申し訳なく思った。でも展覧会の間は幸か不幸か、すこぶる元気だったのです……。


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「仕事と両立出来るか不安で、高度不妊治療に進めない」という声はよく聞く。もちろん、高度不妊治療と仕事は両立できるのか……という問題に対して、私1人の体験をもとに「こうですよ」みたいなことは言えない。それは職種や職場の環境、そして当人の妊娠しやすさ、副作用の有無、etc…に依存してしまう話なので。

たとえば人と接する仕事、出張の多い仕事、現場から離れられない仕事をされている人にとっては、治療との両立は本当に大変だと思う。

逆に私のように、基本的に在宅で、納期はあれどある程度は自分次第……という仕事であれば、両立も出来なくない。が、それでも取材や登壇、出張などの相談になる度に、スケジュールの調整に頭を抱える。

先の予定は常に未定で、「ドタキャンする可能性も見越して予定を組む」もしくは「迷惑を掛けないように予定を入れない」の二択になってしまうのだ。私はこの前者を選んで神に祈ったり、後者を選んで悔し涙を流したり……という綱渡りで、1年以上治療と付き合っている。ただこうして公言していることで、周囲の理解がかなり得やすくなっている状況があり、それには非常に助けられている。あと、「はやく子ども作りなよ!」と言われる回数も激減したし……。

ただ多くの人はこのように公言していない訳で、職場でなんとか綱渡りしながら、100%の力が出せないもどかしさを抱えながら、治療を進めているのだろう。それはどれほど孤独な戦いだろうか。

そうした人たちがきっと水面下に大勢いる中で、野良の物書きである私個人の体験がどれほど需要があるかはわからないけれど……でも今回は、「私はこんな感じで仕事と治療(と趣味)をやってます」というここ2ヶ月程の記録を書き残しておきたい。友人の長すぎるお喋りを聞き流すくらいの感じで、ご興味ある方は良ければどうぞ。


5月14日 🏥 移植(3回目)

三回目の正直! という気持ちで挑んだ移植。移植自体は痛みもなくスムーズなのだけれど、私は移植前後に服薬する抗生剤の副作用が強く出てしまうタイプなので、その後4日ほど腹痛がしんどい。

鍵垢のつぶやき

かつ、移植後は「妊婦と同じ」立場になるので、制限はかなり増える。

判定日まではモヤモヤするもの

移植後はそうしたモヤモヤを抱えつつ、とはいえ比較的元気なので仕事は出来る。むしろ、「この先悪阻でしんどくなるかもしれないから、今のうちに頑張ろう……」というフェーズではある。


5月22日 妊娠検査薬 陽性

移植後8日目(BT8)で自宅検査をするのは少し気が早いのだけれど、ここでハッキリと陽性が出る。ここまでハッキリ出るのは初めてのことだったので小躍り。この時期はまだ、それなりに元気だったので友達との食事に出かけたのだけれど、無論ノンアルコール縛り。


5月23日   🏥 妊娠判定 陽性

朝からクリニックで血液検査。過去最高に高いhcg(妊娠していたら産生されるホルモン)の値が出て喜ぶも、ここまで熱心に診てくださった主治医がお休みだったので喜びを共有できずちょっと残念。

この段階で、妊娠4週目。数値の上では、妊娠継続率も80%以上。「私もいよいよ妊婦か……!?」と思うと同時に、吐き気や軽い目眩が出てくる。気持ちの問題かな、と思ったけれど電車の中で「妊娠4週 症状」とスマホで調べようにも酔ってしまって画面すら見れない。「うむ、気持ちの問題ではないな……」と思い至る。

午後、Aestherがアメリカから来日したので、京成上野駅まで迎えに行き、「まだ確定ではないけれど、かなり高確率で妊娠が進んでおり、あなたの面倒をあまり見れないかも……」と伝える。彼女は祝ってくれたけれど、ここから1ヶ月がとても不安に……。


5月24日

Aestherと東京のギャラリー巡り。楽しいけれど、やっぱりかなり疲れやすい。途中、休憩がてら神楽坂の蕎麦屋に入ると、まさかの主治医が隣で蕎麦を啜っているではないか。「先生?!私妊娠しましたよ」「ですよね!まずは、おめでとうございます!」という会話を繰り広げる。Aestherはその光景を見て「What's a small town!!」と言っていたが、それは誤解だ。東京はでかい街なので、普通は主治医と蕎麦屋では隣りにはならない。

その翌日もギャラリー巡りをする予定だったけれど、どうにも体調が悪いので私はお休み。


5月26〜29日 関西出張

新幹線で西へ移動し、大阪の実家へ。このタイミングで親に言うかは迷ったのだけれど、体調が芳しくないこともあり、妊娠初期であることを伝える。そのついでに、年末から里帰り出産をするかもしれない……という相談も。

私は自宅が世界一好きなので、できる限り家で過ごしたいという気持ちはあるのだが、とはいえその「家」が1月末の出産予定日に、どこにあるかわからないのだ。

というのも、私の夫は大学教員。助教4年目の今は次のポストを探している真っ最中で、各地で該当する研究職の公募があると応募している。つまり、いつどこに引っ越しが発生するかよくわからないのだ。

そうすると、東京で産むのか、未知の赴任先で産むのか……というのが決められない。しかし、無痛分娩を希望するのであれば予約はそれなりに急ぐ。そこで実家のある大阪で出産すれば二転三転せずに済むやんか、という判断である。幸い両親は歓迎モードではあるけれど、「まだわからへんからね」と念を押す。

そして翌日からはAestherと京都へ。彼女の1ヶ月の滞在場所とアトリエを用意してくださった誠司さんに感謝を伝えつつ、その後3日間かけて、京都に住む沢山の友人、知人を彼女に紹介……している間に、大きな腹痛と出血がきて「あ、これはダメかも」という気持ちに。



5月30日   🏥 化学流産の診断

「ダメかも」という予感は的中。新幹線で東京に戻り、クリニックで血液検査をしたところ、hcgは急降下。今回も化学流産、ということらしい。

「出張中、かなり歩いてしまったのが良くなかったのでしょうか?」と不安になって尋ねるも、「いや、それは関係ありませんね」と主治医。ただ来月は移植はせずに、より詳しい不妊の検査をしましょう……と提案される。

今回ばかりは着床した! と思っていたのでそれなりに落ち込んだが、このタイミングの化学流産であれば特別な処置は必要なく、身体への負担はとても低い。身体は元気なものだし、飲酒も解禁。クリニックからの帰り道、行きつけの寿司屋で「生牡蠣!あとビール!」とカウンターで一人酒をあおる(ちなみに、かなりコスパの良い寿司屋である)。


6月11日    🏥 諸々検査のため採血

採血には慣れたけれど、この日は不妊症の検査諸々で7本も血を抜かれたので、その量の多さに多少びびる。昼ご飯には一人で焼き肉に行き、失ったものを補おうとトラジでがっつく。

6月13日〜17日 関西出張

前回とは違って、今回は体調万全の関西出張。Aestherのアトリエで作品の進捗を確認しつつ、14日は一緒に奈良へ向かい、務川慧悟くんとナターリア・ミルステインさんの2台ピアノのコンサートへ。素晴らしいストラヴィンスキーの演奏に束の間、煩わしい現実を忘れさせてもらう。

奈良なので……

そして16日は、京都の鴨葱書店にて哲学者の谷川嘉浩さんとのトークイベント。谷川さんとのトークは3回目だけれど、過去最高の手応えを感じる。なぜならとても体調が良かったから!翌日、新幹線で東京へ。


6月18日   🏥 卵管造影検査

「痛いから嫌です」と言っていたのに「大丈夫、痛くないです」と主治医に説得されて受けた、卵管造影検査。それが本当に、微塵も痛くなくて拍子抜け。1年半ほど前に受けた卵管通水検査は泣き叫ぶほどの激痛だったのに、あの痛みは何だったんだ(しかも正確な検査結果が得られなかったのに)……!!

「ほら、痛くなかったでしょう。では、次の生理が来たらお会いしましょう」と、ドヤ顔で決め台詞を言う主治医。

6月27日〜7月3日 関西出張

いよいよ、Aestherの展覧会開催。あまりにもやるべきことが多いので「もし私が悪阻で動けなかったら、一体全体どうなっていたんだ!」とは思ったが、まぁいなかったらいなかったで、何事もなんとかなるのだよな。そして身を粉にして働いた3日間を終えて、打ち上げで飲むビールの旨いこと!

……が、そうしているうちに生理周期に入ってしまったので、予定よりも前倒しで東京に戻ることに。新幹線、もっと安くなって欲しい……(切実)。


7月4日     🏥 移植周期再開

ここからまた、移植に向けて服薬開始。友人に「今日、肌艶がやたらと良いね?!」と褒められるが、女性ホルモンを薬で爆アゲしているお陰だろうか。そうした薬の副作用もあるが、基本的には体調は良い。良すぎるくらいである。

7月10日〜11日 名古屋、京都出張

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