パーパスドリブンを支える「ストーリー」の力【ストーリーブランディング入門】
はじめまして。プランナーの宮崎慎也です。
今回は、CINRA, Inc.が「メディアカンパニー」として事業の大きな軸のひとつにしている「ストーリーブランディング」について、事例を交えながらお話したいと思います。
いま世の中では「パーパス」や「ミッション」「ビジョン」のような、企業の方向性を示す言葉が注目されています。「パーパス」とは企業が活動する目的、「ミッション」は使命、「ビジョン」はありたい姿、というふうに説明されており、これらをあらためて策定する企業が増えています。
今回のnoteでは、パーパスをベースにブランディングする企業に対して、CINRA, Inc.が注力する「ストーリーブランディング」についてご紹介したいと思います。
パーパスを重視する企業たち
いま、多くの企業がパーパスを重視して事業活動を行なっています。そのいくつかをご紹介します。
WHYベースにミッションを変えたパタゴニア
パタゴニアは、ミッションをベースにブランディングしている有名な企業かと思います。特に2019年に新たにミッション・ステートメントを掲げ、大きな方向性を示しました。
ミッションを新たに掲げた理由を、パタゴニア日本支社 環境・社会部門ディレクター佐藤潤一さんは「ハフポスト」のインタビューでこう語っています。
ここで大事になるのは「WHY」と「HOW」。いま企業は「WHY」を言語化、明確化する風潮になっています。なぜこの企業が存在するのか、なんのために事業を行なうのか、その理由をパーパスやミッションに明記するようになっています。
パーパスドリブンで差別撤廃を目指すNIKE
こちらもミッションやパーパスを重視する企業として世界トップクラスの存在です。特に有名になったのは、2018年にアメリカンフットボールのNFLの選手だったコリン・キャパニックを起用した広告でした。
キャパニック選手は2016年の試合前の国歌斉唱の際に、黒人をはじめとした有色人種への差別に対する抗議を理由に、ベンチに座ったままで意思表示をし続けた選手です。
なぜ、そんなキャパニック選手をNIKEは広告に起用したのでしょうか?
それは、NIKEが「障壁を乗り越える(Breaking Barriers)」というパーパスを掲げたことに関係します。
NIKEのパーパスドリブンについて、Takramの佐々木康裕さんは『PURPOSE 「意義化」する経済とその先』のなかで、NIKEのパーパスをこのように紹介しています。
つまり、NIKEはキャパニック選手を起用することで、差別撤廃を世界に示しました。単なるスポーツブランドが政治的、社会的発信をすることで、当時非難は多かったものの、カンヌライオンズでのグランプリや、エミー賞受賞などで評価されています。
スポーツブランドに留まらず、勇気をもって社会に対しての姿勢を示し、しかも、それを単なる理念のままではなく、行動にまで移す企業として世界中から評価されるようになりました。
2010年からパーパスを掲げ続けるユニリーバ
ユニリーバはパーパスドリブンの巨人企業といってもいいかもしれません。2010年に「USLP(ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン)」を発表し、2020年までに事業を倍増させる一方で、社会への貢献と環境負荷半減を目指しました。
SDGsが叫ばれるだいぶ前から、サステナビリティーを目指し、創業以来のパーパスが変更されました。
「Cleanliness」から「Sustainable Living」へ、言葉は短いですが、大きな変化です。このUSLPで掲げられたのは「3つの約束」でした。①10億人以上の健やかな暮らしに貢献、②環境負荷を半分に、③数百万人の経済発展を支援する、というもの。
これらを軸に、ユニリーバは実際に数値目標を定め、挑戦し続けています。一部達成したものもあれば、まだ実現していないものもあるようです。2030年に目標を伸ばしつつ、取り組み続けています。
「WHY」を重視する時代
これらはほんの一部ですが、多くの企業がパーパスやミッションを重視し、社会に対してメッセージを発信するようになってきています。その根本にあるのは、パタゴニアが示した「WHY」という視点です。
いままで企業は、事業戦略やビジネスモデルなど「HOW」を重視してきました。どのように利益を得るのか、どのようにサービスを提供するのか、どのように消費者に還元するのかなど、その方法が重要でした。
しかしながら、いまの消費者や従業員は「HOW」だけにはついてきてくれません。なぜこのビジネスをするのか、なぜ私たちはこの企業で頑張るのか、その「WHY」がないと、なかなか人は魅力を感じられません。
そのWHYの重要性を説いたのが、コンサルタントであるサイモン・シネックでした。彼の2009年のTEDトーク「How Great Leaders Inspire Action(優れたリーダーはどうやって行動を促すのか)」は4,000万回以上も再生され、WHYを重視するコミュニケーションのことを「ゴールデンサークル理論」と呼んでいます。
ゴールデンサークル理論とは、その企業が「WHAT=何を売っているか」でも、「HOW=どう売っている」でもなく、「WHY=なぜ売っているのか」に人々は魅了され、ついてきてくれる、というものでした。
そこで問題になってくるのは、「WHY」はどのように伝えれば良いのか、ということです。「WHAT」であれば商品説明や機能説明で十分ですし、「HOW」であればビジネスや事業の説明で伝えることができます。
しかしながら、「WHY」を伝えることはなかなか難しいものです。たとえ、WHYをカッコイイ言葉に言語化できたとしても、掲げるだけでは、お飾りになるだけで、誰も信用してくれないからです。
ストーリーが「WHY」を支える
ということで、前置きが長くなってしまいましたが、その「WHY」を消費者にしろ、従業員にしろ、求職者にしろ、他者に伝えることが重要です。自己満足のように掲げるだけでは意味がないからです。そこで必要になってくるのが、WHYを支えるための「ストーリー」です。
ストーリーとは、物語であり、起承転結があり、時間の流れがあるものです。そこには主人公や支援者や救われる世界が設定されます。ストーリーに触れることで、読者や視聴者は感動したり、感情を揺さぶられたり、記憶に留めたりします。ストーリーにはそんな不思議な力が宿っています。
だからこそ、古い伝承や神話はストーリーとして伝えられ、映画やドラマやゲームのようなストーリーのあるコンテンツはいつの時代も人々を魅了しています。
この不思議なストーリーの力は、「WHY」を支えることにも効果を発揮します。
NIKEのストーリー
たとえば、さきほどのNIKEの広告のキャパニック選手のストーリーも心揺さぶるものでした。非難されようとも国歌斉唱で座り続け、意思を表明し続けた。これも一つのストーリーです。
さらに、NIKEが先程のパーパスを掲げる背景として、14年間CEOを務めたマーク・パーカーからジョン・ドナホーに交代し、「Breaking Barriers」のメッセージを発信したのも、一つのストーリーです。
また、2020年には「BLM(Black Lives Matter)」の抗議運動にも参加し、NIKEにおける雇用の多様性拡大を発表し、アフリカ系アメリカ人コミュニティーに対する寄付も実施しました。これもパーパスを支えるストーリーの一つといえます。
これらのストーリーによって消費者は、NIKEは本気で「Breaking Barriers」しようとしている、ということを実感します。理念を掲げることは誰でもできますが、それを実行に移すことは容易ではないからです。
パタゴニアのストーリー
パタゴニアにもたくさんのストーリーがあります。創業者であるイヴォン・シュイナードは、ロッククライミングが好きでしたが、岩を傷つけないと登れない、という実情に疑問を持ちました。当時はピトンという道具を岩に打ち込まないと登れない、というのが常識だったのです。
自然が好きにも関わらず、傷つけないといけない。この矛盾を打破するためにシュイナードは「クリーンクライミング」を提唱し、岩を傷つけない道具を開発し、「後世のクライマーから自然のままの岩を登る体験を奪わないこと」を目指しました。それが、いまのパタゴニアの精神の礎になっています。
また、パタゴニアでは「「Worn Wear(新品よりもずっといい)」という取り組みも長く行なっています。古くなってしまった商品をリペアすることで、新品よりも思い入れ深いものにする、というキャンペーンです。
パタゴニアでは「ストーリー」という言葉がサイトなどに多用されています。商品の紹介以上に、その背景にある物語が「ストーリー」として紹介されているのです。
パタゴニアのストーリーを読むほど、その企業のこと、商品自体への共感や愛着が増していく人も多いかもしれません。それは直接的に商品の機能とは一見関係ないかもしれません。しかし、それこそがストーリーの力です。
ストーリーがあることでその企業や商品を好きになる、逆に、商品やサービスが多様化するなかで、「ストーリーがない」と、なかなか好きになれない時代になっているのかもしれません。
WHYは企業にも人にもある
さて、ストーリーとWHYと企業の関係性が少しずつ、明らかになってきました。企業はWHYを掲げないと共感されにくくなっているなかで、抽象的なWHYを掲げるだけでは他者に届かない。だからこそ、ストーリーという不思議な力を使って、多くの人に、その企業のWHYを届くように努力している。そんな流れだったかと思います。
これは、じつは企業に限りません。
たとえば、メディア「CINRA」では数多くのアーティストやクリエイターにインタビューしてきました。2003年くらいから始まったメディアなので、インタビューした数は数千人を超えるでしょう。
その編集のなかで重視してきたことは「WHY」を掘り下げる、ということでした。クリエイターやアーティストの表現(HOW)はその作品を見ればわかるかもしれません。しかしながら、その人がなぜ表現するのか、という「WHY」は簡単にはわかりません。だからこそ、メディアとして、そのクリエイターやアーティストの想いを伝えたい、という編集方針から、たくさんの「WHY」を掘り下げてきました。
たとえば、菅田将暉さんが音楽で表現する理由は、「福神漬が好き」だと気づくことでした。
たとえば、谷川俊太郎さんが詩を書く理由は、中国の孔子が「詩が礼や音楽よりも一番」だと言っているから。
たとえば、ポール・マッカートニーが音楽を続ける理由は、「楽しくて仕方ない」から。
こんなふうに、人には「WHY」があり、それはとても魅力的で、人の感情を揺さぶるものです。企業も同様に、その事業をする理由や意味があります。しかしながら、ビジネスという固い枠にハマってしまうと、なかなかその想いが届かなくなってしまいます。
CINRA, Inc.が実践するストーリーブランディング
だからこそ、私たちは「メディアカンパニー」という力を活用して、その想いを言語化し、多くの人に届くようにサポートしています。どんな人にも物語があるように、どんな企業にもストーリーがあります。
そのストーリーを際立たせ、多くの人が受容しやすいように表現する。それによって企業の価値を高める。それを私たちは「ストーリーブランディング」と呼んでいます。
私たちが制作に携わった、いくつか事例をご紹介します。
社会への想いを届けるキリンのオウンドメディア「KIRINto」
飲料メーカーであるキリンの企業ミッションは「キリングループは、自然と人を見つめるものづくりで、「食と健康」の新たなよろこびを広げ、こころ豊かな社会の実現に貢献します」というものです。「食と健康」という言葉があるように、ヘルスケアや環境への意識も高い企業です。
このオウンドメディア「KIRINto」では、そこにある想いをいかに言語化し、表現することで伝わるのかを模索し、企画運営を行なっています。
メディア名である「KIRINto」には、みなさん「と」一緒に「凛とした」姿勢で未来に向かいたいという、コンセプト(=コアストーリー)を込めています。
最初の記事では、KIRINのブランドマネージャーとユナイテッドアローズの上級顧問との対談を実施し、ブランドや商品と社会との関係性を掘り下げました。そこでKIRINのブランドマネージャー加藤麻里子さんは、まさにパーパスの重要性を語っています。
なぜスリランカかというと、「スリランカ産茶葉がなかったら『午後の紅茶』は存在しなくなる」ほど、スリランカ産の茶葉によって「午後の紅茶」は支えられているからです。
このことを知った加藤さんは、スリランカで働く人々を支えるために「教育」の問題が大きいことに気づきます。そこから「キリンライブラリー」という図書寄贈の活動につながっていきます。ここにもKIRINのパーパスを支える一つのストーリーが隠れています。
商業施設の想いを届けるルクア大阪の5周年企画
CINRAでは、日本最大級の駅型商業施設「ルクア大阪」の5周年を記念した「ルクア大阪の5周年祭」のプロデュース及び、関連するイベントの企画制作を行ないました。
商業施設も多様化し、オンラインでの購入も増えてきているなかで、ルクア大阪はお客さまとの新たな関係性の構築を目指していました。
ルクアの方々とのディスカッションで見えてきたのは、ルクアは、お客さまの「心の拠り所」になりたい、「友達」のような関係になりたい、という想いでした。この「WHY」をもとに、「ずっと、もっと。」というメッセージをつくりました。
この「心の拠り所」というコアストーリーから、クリエイティブでは「スナック」をイメージしたキャスティングやキービジュアルの制作、オンラインイベントにまで発展していきました。
プロジェクトのバックストーリーはこちらでご覧ください。
LINE RECORDSとともに音楽を未来へ届けるプロジェクト
LINE RECORDSのミッションは「アーティストとユーザーの距離を縮める」こと。サブスクで音楽を楽しむ時代に、人はいつしか、膨大なデータのなかで、フィルタリングで好きなものにしか出会えず、「名曲」に出会う機会が少なくなっています。
そこで、CINRA, Inc.はLINE RECORDSとともに、レコードやカセット、CDで発表された無数の名曲たちを新鮮さをもって蘇らせるプロジェクト『Old To The New』をスタート。
第一弾では、松本穂香さんが松任谷由実さんの「守ってあげたい」を、第二弾では加藤礼愛さんが、Dreams Come Trueの「決戦は金曜日」をカバーしました。そして先日、第三弾が公開され、今回はうぴ子さんに、THE HIGH-LOWSの「日曜日よりの使者」をカバーしてもらいました。
アーティストとユーザーの関係は時代とともに変わります。レコード、CD、カセット、そして、サブスク。時代を超えた音楽の力を届けるために、今回のようなプロジェクトが生まれました。
その企業が届けたい価値を表現する方法はさまざまです。このプロジェクトでは「楽曲」がその表現方法の一つとして選ばれ、現時点で3つのストーリーが生み出されています。
ストーリーブランディングの5要素
これらは一部の事例ですが、企業のWHYを支えるために、さまざまなストーリーブランディングを実践しています。それぞれのプロジェクトで、コアとなるストーリーを構築し、その具体例としての記事コンテンツや楽曲、ビジュアル、イベントなどに展開しています。
最後に、ストーリーブランディングを構成する5つの要素を簡単にご紹介します。
1つ目は、今回ずっと語ってきた「WHY」です。その企業やサービス、組織がどんな想いをもっているのか、どんな存在意義があるのかを明確にします。
続いて、「INSIGHT」も重視します。一方的な想いだけではユーザーや消費者、読者に届かないからです。対象となる人たちが何を求めているのか、どんな課題があるのか、などをリサーチします。
この2つをもとに、「CONCEPT」を策定します。これはKIRINでいうと「KIRINto」のメディアメッセージですし、ルクアでいうと「ずっと、もっと。」の文章でもあります。プロジェクトのコアとなるため、「コアストーリー」とも呼びます。
ここで生まれた「CONCEPT」をもとに、「CONTENTS」に変換していきます。これは文章かもしれないですし、映像やイベントかもしれません。CONCEPTが最も伝わりやすいコンテンツのタイプを選択します。
そして、最後にそのコンテンツを届ける媒体やチャネルである「DELIVERY」を選択します。オウンドメディア、リアルイベント、Youtubeなど、最適なチャネルを選択することで、ストーリーがより広く、深く伝わることを目指します。
すごく簡単ですが、これらのプロセスを経ることで、ストーリーブランディングを実践しています。もしご興味ある方はお気軽にお問い合わせください。
遠くの他者に届くストーリーを
ということで、今回は「パーパス」を起点に、WHYの重要性、ストーリーの効果、ストーリーブランディングの実践を見てきました。
ストーリーブランディングは一つのパーパスをつくって終わりではありません。それが他者に届くように、あれこれ苦心します。深堀りインタビューをしてみたり、意外なキャスティングをしてみたり、心揺さぶるビジュアルをつくってみたり。
一つの正解があるわけではないため、いつもどおりのパッケージをつくればいいというものではありません。その企業独自の想い、そのサービス固有の願いに丁寧に寄り添い、それが適切に他者に届くように、「あれこれ」を用意します。それによって、他者に伝わるストーリーが生まれると信じているからです。
余談ですが、世界で最も短い小説は、諸説ありますが、ヘミングウェイが書いた6単語だといわれています。
このたった6単語のストーリーからいろんなことが想像できそうです。ストーリーにはこれほど不思議な力があります。こんなストーリーの力を信じ、遠くにいる他者に届くように、ヘミングウェイに負けないように、「あれこれ」を模索していきたいと思います。