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曽我部恵一出演の「The Empty Chair」企画。亡き友人への想いから生まれた映像制作の裏側

はじめまして、CINRA, Inc. 映像ディレクターの神谷優花理です。先日公開されたCINRAのオリジナル映像企画『The Empty Chair』のディレクターを担当しています。

今回は、私がこの企画に込めた想いから、役員への提案、映像へのこだわりまで、制作の裏側をご紹介したいと思います。

『The Empty Chair』が生まれたきっかけ

私は、4年前のある朝、ルームメイトを交通事故で亡くしました。

それから数か月間は、どこにいても誰といても、私の不安定な心に気を遣わせてしまうのが嫌で、毎日、車で一人で泣きました。当てもなくドライブをして、嗚咽が止まらなくなったら駐車場に車を停めて、時間が経つのを待ちました。

そのときから、「残された側」への社会的なケアが不十分であることへの疑問を強く抱いています。

タブー化されてしまっている「死」についてもっとオープンに話し合える場所や、私と同じように友人を亡くされた方の話を聞ける場所があったら良いのに、と思い続けてきました。

そんな想いから生まれたのが、『The Empty Chair』。身近な人の死を経験された方をお招きし、故人との向き合い方についてお話を聞くインタビュー企画です。

残された側が再び前を向く方法(あるいは前を向かないという選択)は人によってさまざまだと思いますが、私の場合は、「故人の想いやレガシーがさまざまな形でこの世に生き続けている」と考えられるようになってから、少し気持ちが楽になりました。

空席に座る故人は目には見えないけれど、故人の遺志は語り手を通して生き続け、確かにそこに存在している。「死=何もかもなくなってすベて終わること」ではない、というメッセージを込めて、「空席(= the empty chair)」をシンボルにしました。

映像にも入れている、

ひとりと、空席。
いいえ、確かにそこに「居る」人が、彼を通すと見えるのです。

このコンセプト文には、そんな背景があります。

『The Empty Chair』を観てくれた方が、「死」や「故人との向き合い方」を新しい視点で見つめ直すきっかけになれば良いな、という想いを込めてつくりました。

手を挙げて始まった自主企画

CINRAの映像チームは、2021年に発足した比較的新しい部署です。

まだ映像制作事業の認知度も実績数も少ないなかで、どうしたらクライアントに「ほかでもないCINRAで映像をつくりたい」と思っていただけるかどうか、メンバー同士で話し合いを重ね、たどり着いたのが「自主企画の制作」でした。

CINRAのアイデンティティーが100%反映されたコンテンツを制作・発信することで、世の中に「CINRAらしい映像」とはどういうものかを知ってもらおう、という意図です。

まずは映像チームのメンバーで、なぜ自主企画をやりたいのか・どんな企画をやりたいのか、企画書をつくってたくさん話し合いました。そのときの刺激的なワクワクは、いまでも鮮明に覚えています。

そのあと、思いを込めた企画書を役員に提出したのですが(とっても緊張しました)、提案のミーティングには役員が三人も参加してくれました。私が入社してすぐの出来事だったので、やりたいことに手を挙げることができる環境や、役員が時間をつくってメンバーの自主提案にフィードバックをしてくれたことがとても新鮮でした。

そこから何度かミーティングを重ね企画をブラッシュアップし、

  • 「死」に対する新しい視点を提案するというコンセプトがCINRAのミッションに適っているという点

  • 語り手のパーソナルなストーリーを届けるという内容が、CINRAが大切にしている「ストーリーブランディング」に通じている点

  • フォーマットとしてシリーズ化が望める点

を認めてもらい、『The Empty Chair』の制作が決まりました。

私の案はとくにセンシティブな企画だったので、提案するかどうか最後まで迷ったのですが、映像チームや役員フィードバックで背中を押してもらい実現することができました。

インタビューの日に感じた、やわらかく澄んだ空気感を表現した演出

「死」に対するネガティブなステレオタイプをアップデートしたい、という想いを込めた企画なので、同情や悲しみを誘うような演出ではなく、故人を讃え、晴れやかな印象のアウトプットを目指しました。

『The Empty Chair』は自主企画、つまりクライアントや外部からの予算がないプロジェクトなので、基本的には全体を通して社内のメンバーが手を動かしてつくっているのですが、撮影は、企画段階からずっと一緒に走り続けてきてくれた、同じ映像チームの野中愛さんが担当してくれました。

目指していたアウトプットに近づけるため、野中さんとロケハンをして、陽が入る明るいスタジオを撮影場所として選びました。さらに幸運にも、秋晴れのそよ風が気持ちいい日に撮影することができました。

また、野中さんはCINRAのコーポレートロゴもデザインしているのですが、本プロジェクトのロゴ制作も担当しています。

2つの「h」が、この企画のシンボルである2脚の椅子のグラフィックで表現されています。

ロゴもトーン&マナーは映像と一貫してポジティブさを感じられるデザインで、特別感を出すというよりはニュートラルなトーンで制作してもらいました。

編集は私が担当したのですが、映像内で使用したBGMも、暗い印象になってしまわないように心がけて選定し、間の取り方やカットのタイミングで、インタビューの日に感じたやわらかく澄んだ空気感を表現しています。

企画コンセプトとサニーデイ・サービスの名曲がつなぐもの

語り手としてご出演いただいたのは、サニーデイ・サービスのギター兼ボーカリスト、曽我部恵一さん。

元ドラマーの丸山さんが逝去されたあともサニーデイ・サービスを存続され、デビュー当時から変わらないフレッシュなサウンドで絶え間なく聴く人の心を響かせてきた曽我部さんに、ぜひご出演いただきたいと思いお声がけしました。

何よりもサニーデイ・サービスの楽曲「桜 super love」の一節、

きみがいないことは きみがいることだなぁ

「桜 super love」より

に衝撃を受け、『The Empty Chair』で伝えたいことと近しいものを感じていたので、ご出演いただけるというお返事をいただいたときは本当に嬉しかったです。

また、聞き手には、サニーデイ・サービスを25年以上インタビューしてきた編集者・ライターの北沢夏音さんにお越しいただきました。

曽我部さんと丸山さんの関係だけではなく、曽我部さんと北沢さん、丸山さんと北沢さんにも時代をともにしてきた歴史があったからこそおうかがいできたお話があったと感じています。

北沢さんは、CINRAメディアの編集者・山元翔一さんに紹介してもらい撮影に参加してもらうことになったのですが、メディアを通して築いてきた幅広い関係があることは、CINRAの強みの一つでもあります。

丸山さんの遺志は曽我部さんの創作活動にどんな影響を与え続けているのか。また、丸山さんの訃報のあと鎮魂歌をつくり続けていた曽我部さんが、どんなことをきっかけにまた明るいロックミュージックをつくるようになったのかなど、私自身も救われるところがあった対話でした。

曽我部さん・北沢さんにご出演いただけたことで、「死」を新しい視点で見つめ直すきっかけとなるような映像に仕上げることができたと感じています。

おわりに

“「死」をネガティブな現象のまま終わらせない文化をつくっていきたい。”

『The Empty Chair』が目指すのは、人々の心に深く根づいた考え方を変えていきたいというあまりにも壮大で挑戦的な夢です。しかし、映像には人に変化を届けることができる力があると私は信じています。信じて一生懸命つくりました。

この映像が、今日もどこかの駐車場で泣いている人に届くことがあれば嬉しく思います。


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