脳裏に浮かぶ、あの遠い海。
『海派か、山派か。』
長年ことある事に問われる話題に、10年前までは「どっちも派!」と答えていた。
8月の祝日である山の日に声を大にして言うこと(書くこと)ではないけれど、10年前の留学先で「海派」が明確となったのだった。
留学したのは、カナダの西側に位置するブリティッシュコロンビア州 バンクーバー島のビクトリア。
ヴィクトリア様式の歴史ある美しい建物が並び、四季折々の花と緑が溢れた港町。
放課後や休日は散策することが多く、取り分け好んで寄っていたのは海の近くだった。
泳ぐ訳でもなく、サーフィンをする訳でもない。
ただ砂浜を歩いたり、流木に座って海を眺めながら物思いにふけったり、本を読んだり。
たまにフィッシュアンドチップスを食べたり。
朝も、昼も、夕方も、ゆったりとした時間を海の傍で過ごした。
こころも、視覚も、嗅覚も、聴覚も、自然と満たされ癒されていた。
じんわりと額に汗をかき、外から聞こえるセミの声にさらに暑さを感じていると、頭の奥からひっそりとさざ波の音が流れてくる。
汗の香りが、どこか磯の香りを思い出させる。
暑さのことしか考えられず、溶けてしまいそうな気だるさに浸るとき、いつからか脳裏に海の情景が鮮明に浮かんでくるようになった。
ああ、懐かしく爽やかな記憶に、今日も気分がふっと涼しくなる。