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The Children Have to Hear Another Story

物語の再編成


ふくよかな毛皮を着込んだリスたちが、何かを探して庭園内を往来する。それと示し合わせたかのように、大学構内を歩き回る若者たちもまた、大きなダウンジャケットを揺らして先を急ぐ。冬空が街を包むようになると、トロント大学はオープンハウスに集まった人々で賑わう。それぞれ念入りに建物を見学し、職員に質問し、進路を熟考する。中にはまだ小学生ほどの子供たちもいた。歴史ある天井絵を見上げながら、どんな将来を想像しているのだろう。

大学内の美術館では、アベナキ族の居留地「Odanak」で育った映画監督、アラニス・オボムサウィンのキャリアを振り返る展示をしている。映画や音楽を通して教育の在り方を探求する彼女の作品は、従来と違った視点を与えることで、先住民のコミュニティを再構築してきた。

そう大きくない館内でありながら、幾つものモニターを活用した展示は壮大だった。昨年91歳を迎えたオボムサウィンが長年に語り継いできた映像や音楽作品をじっくりと鑑賞できる。特に70~80年代に放送されていた教育番組やインタビューといった映像を見られるのは貴重だ。「プリンセス」と呼ばれ歓迎されながらも、中には侮辱的に思える表現もあった。

隣のソファにはオボムサウィン自ら作成した手縫いの人形が置かれていた。しゃがみこんで子供の目線に合わせて見ないと、その独創的な形や色を確かめることはできない。クマか、リスか、それともネコか。子供たちが描いた絵を基にして作られた人形はみな、あらゆる生物の命を引き継いだような、不思議な形をしている。

館内では映画『Sigwan』も上映されていた。孤独な少女が森でクマと出会う物語だ。クマは彼女のことを美しいと言う。寄宿学校の教師達とは違って。少女はクマとの友情を通して自らのルーツや世界について学ぶ。手作りの仮面やマントで表現されたクマたちは、自然の賜物であり、人の一部であり、遥か昔から続いてきた物語そのものであった。映画を見ながら、展示のタイトル『The Children Have to Hear Another Story』の意味するところを考える。

木々と草花に囲まれた、豊かな構内。日当たりの良い中庭に出てみると、試験勉強に追われていた学生時代が嘘のように、暖かな空気が包んでくれる。足元に咲いた小さなピンク色の花は太陽を反射して光っている。時折やってくる鳥の鳴声や虫の羽音に混ざって、遠くを駆けていく若者たちの笑い声が響き渡った。その未来は、私にはまだその形を掴むことができない、未知なる生き物のようだ。

Monthly Fraser / kaori gavrilovic / 2024. 01