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吠えろ!クマ映画

昔から閉所が嫌いだ。狭いところに詰められているものを見ると、反射的に悲しくなる。だから観光地マリーンランドで起こった動物虐待の報道には気分が沈んだ。三匹の子熊は水場もない小さな檻の中で過ごしていたという。熊といえば硬貨にもなっている国の象徴。そんな生き物を娯楽のために閉じ込めておくことが信じられなかった。
季節ごとに木々が自ずから色や形を変えるように、人もまた自然環境に合わせて価値観を変えられたらどんなにいいだろう。

ヒトもクマも自然の一部として生きている。
アルバータ州の山々と北極を舞台にしたアクション満載の『Back to God's Country』では頼もしい友人として動物が活躍する。
主演女優ネル・シップマンは動物愛護家であり、大自然の中で繰り広げられるドラマを得意とした。クマと遊び、犬ぞりで疾走する彼女を当時の人々は刺激的だと言ってもてはやした。
それはまた、男性社会がもたらした人為的な脅威に女性が自然の力を借りて抵抗するという構図に対する反応でもあった。公開時の1919年は、カナダで女性の選挙権が認められた直後だ。
映画館の画面いっぱいに大地を駆ける彼女を見て自立心と冒険心を燃やした観客のことを考えるだけで胸が躍る。

もちろん熊が恐ろしい動物であることも事実だ。
キャンプ中に遭難したカップルを描く『Backcountry』において熊は捕食者であり、人にとって脅威となる。姿を現す前からにじり寄るような存在感だけが道中を不穏なものにしていく。
しかし本作の面白いところは、敵は熊ではなく、あくまで人間性であることだ。より深く山中へ入っていくほど人間社会の中ではうまく隠すことができる虚栄や嫉妬、不信感といったものが表面化していく。
マニトバ州とオンタリオ州で撮影された情景は出口のない絶望感を駆り立て、飾り気のないリアルな脚本は男女間にある曖昧な力関係を露わにする。後半に飛び出す衝撃場面はまさにカナダ映画の伝統である肉体的ホラーの威厳に満ちていて、人には支配できない自然の力を痛感させられる。

それでも人がいる限り、クマは愛され続けるだろう。
実話を基にした『A Bear Named Winnie』は第一次世界大戦中にカナダ軍のマスコットとして道中を共にし、後にクマのプーさんのモデルとなった一匹のクマに焦点を当てる。軍医に買われてウィニーと名付けられたクマは兵士たちが互いを知るきっかけを作り、争いで傷ついた心を癒してくれる仲間となった。
主演のマイケル・ファスベンダーはクマと共演するにあたって訓練を積んだが、皆がウィニーの愛くるしい仕草に振り回される様子は演技だけではないように思える。
特にギル・ベロウズ演じる堅物の連隊長が、ウィニーに抱きつかれて満面の笑みを浮かべる場面が印象的だ。
愛着や慈愛といったものは時にストーリーの壁を超えて輝き出す。それはまるで、忘れていた任務を思い出した人類の咆吼のようだ。


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