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『侍タイムスリッパー』感想(沙倉ゆうの編)

安田淳一監督が撮る映画に掲げるブランドは未来映画社。
その未来映画社ブランドで公開された長編映画は『侍タイムスリッパー』が3本目で、過去作に2014年の『拳銃と目玉焼』と2017年の『ごはん』がある。

未来映画社の作品に共通するのは、「映画の内容の面白さとは別に、映画の在り方にもメタ的な面白さがある」という要素。

例えば『拳銃と目玉焼』には、

「おっさんがショボい装備で手作りヒーローになり、身近な悪と戦う」

という映画の内容があり、同時に、

「安田淳一というおっさんが8万円のカメラと750円のライトというショボい装備でヒーロー映画を手作りし、当時大ヒットしていたアメコミヒーロー映画に戦いを挑んだ」

というアツい映画の在り方があった。

また前作『ごはん』には、

「主人公が七転八倒でコメ作りに取り組む物語」

という映画の内容があり、同時に

「コメ作りに取り組む農業組織の上映会が全国に拡大し、コメ作りを頑張る人たちに届きまくった」

という興味深い映画の在り方があった。

今作『侍タイムスリッパー』には

「オワコンと化しつつある時代劇への哀歌」

という映画の内容があり、同時に

「時代劇がシネコンを席巻しつつある賛歌」

という“まるで映画みたい”な、映画の在り方がある。

もうひとつ、『侍タイムスリッパー』には

「山本優子という女性が自分の作品作りを夢見て助監督として奮闘する」

という映画の内容があり、同時に

「沙倉ゆうのという女優が日本アカデミー賞を夢見て助監督として奮闘した」

という映画の在り方のメタ性もある。

そして未来映画社作品のもうひとつの共通点として、この「沙倉ゆうのという女優が映画の真ん中付近に居る」という要素がある。

『侍タイムスリッパー』が“第2のカメ止め”という声があるなら、沙倉ゆうのは、今後「しゅはまはるみ」ばりに売れていくことになるのだろう。

過去作の感想などで僕は沙倉ゆうのを「突出した演技の才能や華やかさはないが、可愛いし頑張ってるし、何より身近に“いそう感”が親しみを持たせ、ずっと応援して見守りたいという気持ちになってしまう女優」と評してきた。

『侍タイムスリッパー』では、例えば主演の山口馬木也は「本物の侍に思えてしまう演技力!」というような評価が散見する。作品評としても「役者達のリアリティあふれる演技力」という賛辞も並ぶ。では沙倉ゆうのが演じた山本優子はどうだったか?実際の助監督が助監督の役を演じたわけだから、リアリティを通り越して「リアル」である。喫茶店で剣心会に入りたいという新左衛門の申し入れを聞いて流す涙の場面にはもらい泣きもした。でもやっぱり、未来映画社の作品を見続けてきた僕にとっては、スクリーンの中の山本優子も「頑張ってる沙倉ゆうの」にしか見えなかった。しかしそれは残念ではない。むしろそれがいい。そして最近ふと、気付いたのである。

あぁ彼女は、“未来映画社の看板女優・沙倉ゆうの”を創り続けているんだと。

例えば日活の看板女優が吉永小百合であったように。
例えば男はつらいよの代表的マドンナが浅丘ルリ子であったように。
例えばゴールデンハーベスト社の看板俳優がブルース・リーとジャッキー・チェンであったように。

どんな役柄のどんな役名かは二の次にして、僕らはブルース・リーやジャッキー・チェンを見に映画館に行ったし、僕らの親世代は吉永小百合や浅丘ルリ子を拝みに劇場に足を運んだ。あのスタアの「今」をスクリーンに見に行くという感じ。

『侍タイムスリッパー』で沙倉ゆうのに出会った観客が、いつか未来映画社次回作の真ん中付近に沙倉ゆうのを見つけたら、「あ、沙倉ゆうのだ。今回はどんな役をやるんだろう」と好感を持って眺め見守ることだろう。だってこれまでのどの作品だって沙倉ゆうのは頑張ってきたし、今後どの作品だって沙倉ゆうのは頑張っているだろうから。

本物の主婦にしか見えないように主婦を演じられる女優はたくさんいる。
本物の悪女にしか見えないように悪女を演じられる女優もたくさんいる。
沙倉ゆうのも、もしかしたらそういう女優を目指して今後、
挑戦をしたり挫折をしたりしていくのかもしれない。それもいい。
僕らは大いに期待をしたり、大げさに心配をしたりしながら沙倉ゆうのを見守るだろう。
だけど“未来映画社の看板女優・沙倉ゆうの”を演じられる女優は彼女しかいない。

僕は「沙倉ゆうの」を知ってから7年になるが、それを演じる彼女の本名も年齢も知らない。どこまでが彼女でどこからが沙倉ゆうのなのかの境界も知らないし、それでいい。スタアとかマドンナとかは、きっとそれくらいがいい。

ユキやヒカリや優子殿が「頑張ってる沙倉ゆうの」にしか見えないのは、
「頑張ってる沙倉ゆうの」が「未来映画社のマドンナ」というアイコンだからだ。

本物の侍にしか見えないようにメインキャストを演じられた俳優たちがいた。
本物の時代劇スタッフのように時代劇映画を作り上げた時代劇職人たちがいた。
そして「未来映画社映画のマドンナ・沙倉ゆうの」を演じられたのは、唯一無二の彼女だった。

よくがんばったね。



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