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『とりつくしま』音声ガイド制作記

2025年1月18日(土)から上映が始まっている『とりつくしま』
音声ガイド制作を担当しました、シネマ・チュプキ・タバタの池田です。

『とりつくしま』は、歌人・東直子さんの同名ベストセラー小説を、ご息女の東かほりさん(過去作に『ほとぼりメルトサウンズ』など)が監督し実写映画化した作品。原作には11のエピソードが収録されていますが、映画化にあたっては『トリケラトプス』『あおいの』『レンズ』『ロージン』の4篇が選ばれています。

「死んでしまったあと、モノになって大切な人の近くにいられるとしたら……。あなたは何になりますか?」

トリケラトプスの絵柄がついたマグカップに、あおいジャングルジムに、カメラのレンズに、野球のピッチャーが使う滑り止めの粉ロージンに。それぞれ「とりついた」ひとたちの物語。

『とりつくしま』ポスタービジュアル。光が差し込む、音楽室のような部屋。小泉今日子さん扮する「とりつくしま係」のまわりに、各話の主人公たちが集っている。

個人的には9月の公開時に新宿武蔵野館さんで初鑑賞。その独特な空気感に引き込まれ、ぜひいずれ上映したいと思っていましたので、今回上映できたこと、加えて音声ガイドも書かせていただけたこと、とてもうれしいです。

音声ガイド制作は24年の12月末ごろに着手。まずはロケ地探訪から始めました。田端から京浜東北線に乗り、劇中に何度か登場する川口駅前を歩いて、そして『あおいの』の舞台となる「青いジャングルジムのある公園」も訪れました。

具体的なロケ地は明示されていないかと思うので伏せますが、埼玉県越谷市にまさしくあの、映画のとおりの公園が実在します(がんばって探しました)。ジャングルジム、滑り台、街灯に、大学生たちのベンチ。夫婦のベンチは撮影用に置いたものだったのかな。小泉今日子さんが欄干にもたれていた橋も本当にその方角にあるんだ。「その場に行ってみる」のが、わたしは尋常でなく好きです。

エピソード「あおいの」の舞台となる、ジャングルジムのある公園。劇中で大学生男女が座っていたベンチから、滑り台をのぞむ。そのさらに向こうに、青いジャングルジムも見えています。
大学生たちのベンチ。奥のほうにはジャングルジムも。

そんなこんなで初稿を書き、年明けすぐに音声ガイド検討会を実施。クオリティチェッカーには『ほとぼりメルトサウンズ』から引き続き石井健介さん風船さんのお二人、監修で東かほり監督と、キャストの安宅陽子さん(『ロージン』主演)、宇乃うめのさん(『あおいの』木村ちゃん)にご参加いただきました。

もともと懸念していたところではありますが、「マグカップの視点」だったり「空中を舞う粉の視点」だったりと、音声ガイド表現の精度が非常に問われる本作。多くの箇所でさまざまご意見をいただき、検討会参加の総勢7名で慎重に言葉を選んでいったという印象が普段よりも強くあります。初稿からはだいぶ変わりました。以下、一部をピックアップしてみます。


■音が飛びまわってるのはわかる

初稿「真っ白な世界。音だけが飛びまわる」
修正「真っ白な空間」

一番最初のシーン、というか真っ白な画面です。最初に新宿武蔵野館さんで観たとき、この冒頭部でわたしの頭の中には「形になった音がぐるぐると渦巻いて」いました。真っ白な画面だけれども、竜巻の中にいるような映像記憶が強く残りました。そんなこともあってつい「音だけが飛びまわる」と書いてしまったのですが、冷静に考えてみれば音声ガイドの必要はない部分なのでした。むしろその音体験を邪魔してはいけない。

また、「世界」というワードも冒頭で使うには唐突すぎるということに。「真っ白な画面」でいいのでは、とご意見いただきましたが、この「白」を「平面」にはしたくないんですよねとお伝えすると、かほり監督も同意してくださり、「空間」になりました。


■言葉が含むニュアンスっておもしろい

初稿「中年の男女」
修正「初老の夫婦」

『あおいの』に登場する夫婦の、初登場時の呼び方。設定年齢的には「中年」で間違ってはいないこと、最初から「夫婦」と断定してしまうことにやや抵抗があったことから「中年の男女」としていたのですが、いろいろ擦り合わせて「初老の夫婦」になりました。

これによって副産物的に醸し出すことができたのが、この男女の「服装」感。ダンスとかしているけれど、特別めかしこんでいるわけではなく「ちょっとそのまま買い物ぐらいには行ける」程度の、年齢相応の服装であろうということが「初老の夫婦」のワードから伝わってくるね〜、と。言葉っておもしろいです。

なおロケ地探訪の甲斐もあってか、あの公園が舞台となる『あおいの』は初稿からあまり修正をすることなく完成稿となっています。独特の空気をたたえた群像劇がある種の大団円をむかえるラスト、風船さんが「そういうことだったんだ〜!!」と言ってくださったのも嬉しかったですし、石井さんが「検討会で初めて泣いたかもしれない」と入り込んでくれていたのも嬉しかったです。わたしもこの、かほり監督によって原作から大きく広げられた『あおいの』が大好きです。


■本当にありがとうございます

ご出演のお二人、安宅陽子さん、宇乃うめのさんの存在は、検討会においてとても大きかったです。もしかすると誰よりも理路整然とその場をまとめてくださっていた安宅さん、『ロージン』では急遽「野球監修」もしてくださった宇乃さん。そして何より、お二人が非常に積極的な姿勢で検討会に参加してくださっていたこと。「監督とキャスト」ではなく、一丸となって映画『とりつくしま』は作り上げられたのだなということを、この日はとにかく肌にびしびしと感じました。

そのなかで、宇乃うめのさんが検討会の終わり際に出してくださった修正案がこれ以上ないベストアンサーで、というかむしろこんな初稿を書いていた自分を恥じ入るばかりだったのですが、こちら。

初稿「ジャングルジムに結びつける」
修正「ジャングルジムに巻いてあげる」

『あおいの』の、とある大変心温まるワンシーン。……いや、そうだよ、どう考えても「巻いてあげる」だよ、それ以外ないよ、わたしには人の心がないのか!! 100%の感謝とともに、脳内では壁におのれの頭をがんがん叩きつけていました。本当に本当にありがとうございます…! どれだけ「結びつける」がそぐわないシーンなのか、劇場でご確認ください。

また、ときに裏設定などを聞かせていただけることも検討会の醍醐味「イヤーマフ」ではなく「耳当て」と現場では言っていた、なんていうお話とか、じつはここのこれも「とりついてる」かもしれない(!)のでさりげなくスポットを当ててもらえたら、とか。関係者の方の監修が入ってこそのガイド、細かい部分にもご注目いただきたいです。


検討会を終えたあとは、未熟さを痛感するばかりの原稿修正作業(全面的に書き直すこととなった「円卓」のシーン、映画的飛躍が最も大きいかもしれない『ロージン』のラストなど)、わたしの好きな声ことチュプキ代表平塚によるナレーション本録り、制作スタッフまなちゃんによる整音を経て、みっちり90分ぶん詰まった『とりつくしま』音声ガイド、ひとまずの完成となりました(上映期間内もブラッシュアップできる部分が見つかれば修正を入れていくのがチュプキスタイルです)。

長々と書いてきて実感しましたが、今回はいつも以上に「言葉」について考えることが多かったのだと思います。その時その時は熟考して書いているつもりなのに、少しでも気が抜けると考えのない言葉選びになってしまう危なさ。何かにとりつけるとしたら、クオリティチェッカー石井さんや風船さんの耳に今はとりつきたいです。それは反則か。というわけで『とりつくしま』、ぜひ音声ガイド・日本語字幕とあわせてより深くお楽しみください。

(文:スタッフ 池田新)


■『とりつくしま』バリアフリー版制作スタッフ(敬称略)

音声ガイド
制作・録音編集:池田新
ナレーション:平塚千穂子
整音:水口まな
クオリティチェック:石井健介/風船

バリアフリー日本語字幕
じまくびと

監修
東かほり
安宅陽子
宇乃うめの

協力:チュプキ  

音声ガイド検討会の写真。チュプキ2階のスタジオにて、終了後に記念撮影。左から横一列に、石井さん、チュプキ池田、東さん、風船さん、チュプキ平塚、やすみさん、うのさん。せっかくなので、タイトル「とりつくしま」の平仮名が一文字ずつ書かれた白い紙を6人で持っています。東さんは映画のチラシを持ってくださっています。
音声ガイド検討会の記念写真。左から、石井健介さん、チュプキ池田、東かほり監督、風船さん、チュプキ平塚、安宅陽子さん、宇乃うめのさん。

■『とりつくしま』上映情報

1月18日(土)〜1月31日(金) 14時25分~15時59分(水曜休映)
※25日(土),26日(日)のみ 14時00分〜15時34分
全20席の小さな劇場ですので、ご予約をおすすめしています。

シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての映画を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで常時上映しています。

皆様のご来館、心よりお待ちしております!

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