『アリランラプソディ』『スープとイデオロギー』音声ガイド制作記
スタッフ柴田氏が音声ガイド制作記を書き始めたので、わたしも書かなければと思いながらなかなか重い腰が上がらず上映前日になってしまうという。申し遅れましたが、シネマ・チュプキ・タバタのスタッフ池田です。
2024年3月後半プログラムでは、金聖雄監督の『アリランラプソディ』とヤン ヨンヒ監督の『スープとイデオロギー』にて音声ガイドを書かせていただきました。ともに、在日コリアンのハルモニ(おばあちゃん)/オモニ(お母ちゃん)を見つめたドキュメンタリー。新作『アリランラプソディ』上映のタイミングで『スープとイデオロギー』も組めたこと、嬉しく思います。
『アリランラプソディ』
簡単に作品の紹介から。金聖雄(きむ そんうん)監督は大阪・鶴橋出身の在日コリアン2世です。1999年にお母様を亡くされたとき、重ね合わせるように川崎・桜本のハルモニたちを撮り始めて四半世紀。デビュー作『花はんめ(2004)』を経て、最新作『アリランラプソディ』に至ります。
本作は、開始早々にぶち込まれる「夢なんて何もない。早く死ぬのが一番いいよ」という衝撃的なインタビューにまずぎょっとさせられ、しかし発言主のハルモニは可愛らしいというギャップ。「おばあちゃんもの」ドキュメンターの愛らしさと、一方でビターなどというどころではない背景、その複雑さに笑ったり泣いたり、いろんなものを持ち帰らされる作品です。音声ガイド制作中には同じところで何度も目頭が熱くなり、封切り館K's cinemaさんへ観に行った際もびっくりするほど泣いてしまいました。横内丙午さんによる音楽がまた良くてですね。重いは重いのだけど、後味としては浄化されるような感覚もあって。ぜひ観ていただきたいです。
『スープとイデオロギー』
ヤン ヨンヒ監督も、大阪出身の在日コリアン2世。日本に暮らしながら北朝鮮に忠誠を誓う両親(特にお父様=アボジ)にカメラを向けた『ディア・ピョンヤン(2006)』が話題を集めるも、映画が理由でご自身は北朝鮮への入国を禁止されることに。2009年にお父様が亡くなられた後、のこされたお母様=オモニをあらためて見つめた作品が『スープとイデオロギー』です。
本作、中盤まではシンプルに「面白い」家族のドキュメンタリーとなってまして、特に、一人娘のヤン ヨンヒ監督がオモニにパートナー(本作のエグゼクティブプロデューサーでもある荒井カオルさん)を会わせるシーンなどはもう最高。からの、あまりに美味しそうな「スープ」によって思想も国籍も違う「親子」3人が和やかに食卓を囲む流れは、本当に素敵なんです。ただ、後半。オモニがそれまで語ることのなかった自分の過去「済州4・3事件」について、ぼろぼろと、丸鶏のお腹に詰め込まれた大量のニンニクが溢れるように語り始めてからは、あまりにも重い、悲しい。
わたし個人的にはこの作品、昨年の特集上映「映画監督ヤン ヨンヒと家族の肖像」にて遅ればせながら拝見しまして、その内容とヤン ヨンヒ監督の作家性(のようなもの)にガツンとやられ、上映していた横浜シネマリンさんに連日通って連作の『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ(2009)』も一気に観るという、いわゆるどハマりをしてしまった作品でした(ちなみに『愛しきソナ』は、北朝鮮に暮らす監督の姪っ子ソナちゃんを撮ったもの)。なぜそんなにハマったかというと、「北朝鮮」に対する興味が大きかったのだと思います。
突如、自分語り
コロナ禍に一大ムーブメントを巻き起こしたNetflix配信の韓国ドラマ『愛の不時着』、観ていなくともタイトルは皆さんご存知なのではないでしょうか。掴みとしては「韓国の社長令嬢がパラグライダーでうっかり軍事境界線を越えて北朝鮮に不時着しちゃった」というもの。韓国ドラマなので当然ながらラブストーリーが展開し、北緯38度線に阻まれたロミオとジュリエットになっていくわけです。
『愛の不時着』の何がすごいって、朝鮮戦争という「自国の負の近代史」が生んだ「南北分断」をエンタメ作品に使ってしまっていること。そして同様のことは他の韓国エンタメ作品でも頻繁に行われており、例えばゾンビパニック映画の大ヒット作『新感染 ファイナル・エクスプレス』では、惨事の舞台となる高速鉄道のルートが朝鮮戦争における侵攻ルートそのものだったりする。ゾンビと人間の死闘も、同じ民族同士が殺し合った朝鮮戦争を想起させる。韓国にはそんな作品が非常に多いのです。
そんなわけで、近くて遠い国とも言われる韓国や北朝鮮に関心を持つようになったわたし。貪るように韓国映画を観まくり、勢いでハングル検定5級も取得し(5級でも結構難しいんですよ! もうほとんど忘れましたが…)、ドキュメンタリーでは前述したヤン ヨンヒ監督の三部作、島田陽磨監督の『ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。』などを興味深く観ていたところに金聖雄監督の新作『アリランラプソディ』が登場し——、といった具合でした。
音声ガイド制作記
『アリランラプソディ』のバリアフリー版制作は、じつは助成金などの関係で昨年末におこなっていました。音声ガイド検討会には金聖雄監督にも参加いただき、公開前の作品で監督とご一緒するお仕事は個人的に初めてでしたので、とても貴重かつ光栄な経験となりました。と、余裕のある制作スケジュールぶってみましたが、実際のところは直前までナレーションを録り直したり整音をしたり字幕を直したり、おそらく上映前日の今もチュプキ代表・平塚が最後の仕上げをしているところかと思います。
『スープとイデオロギー』は今年に入ってから決まりましたので、2月末ごろに初稿を上げたかたちです。スケジュールの都合上、ヤン ヨンヒ監督の音声ガイド検討会ご参加は叶いませんでしたが、音声ガイド・字幕ともに後日チェックをお願いし、細部まで監修いただきました。どうしても第三者には判断しかねたとあるシーンの「意味」について無粋ながらお伺いした際もご丁寧にお返事をくださり、感謝に堪えません。全ての編集に意味がある、ドキュメンタリーの奥深さを再認識した体験でした(ただし音声ガイドはコメンタリーではないため、当該箇所を仔細に説明しているわけではもちろんありません)。
両作品とも、モニター/クオリティチェックは田中正子さん。日本語の持つ細かい意味合い・ニュアンスまで逃さずご指摘くださるので、ご一緒できて本当に楽しいです。長回しのシーンで、わたしや代表平塚が特に意識していなかった「編集で切っている部分」に正子さんだけが気付いている、なんていうこともありました。リスペクトしかないです。
ナレーションも、ともに代表平塚、…と書くのもよそよそしいですね、「平塚さん」にお願いしました。わたしは平塚さんのナレーションが好きなんです。特に「劇伴だけが流れているシーンに付与したガイドナレーション」は平塚さんの声が絶品です。『アリランラプソディ』に何度も出てくる「書」や「絵」のシーン(泣かされる…)、『スープとイデオロギー』のアニメーションシーンなどで、「池田が好きな平塚さんナレーション」をお楽しみいただければと思います。徹夜で録って舌が回っていない(本人談)部分などもあるのですが、映画業界の労働環境に対する問題提起としてそのままお受け取りください。半分冗談です。
『アリランラプソディ』では、テロップ読みに声優の大原誠さん。ほんの僅かなナレーションのために映画をしっかり観てきてくださいました。プロです。そしてお声、引き締まります。視覚的に「見出しを太字にする」ように、地のナレーションは女性の声、テロップは男性の声、といった使い分けは非常に効果が大きいなと思います。この使い分けも、検討会で金監督や正子さんと相談しながら決めました。
『スープとイデオロギー』は日本語と韓国語が時折入り混じるので吹き替えが必要なのですが、同時通訳のような感じでいきましょうと検討会で決まったため、全ての吹き替えを制作スタッフまなちゃんにお願いしました。ひたすら4〜5人が話し続けているようなシーンも、録音回しっぱなしで少しずつ声色を変えながら吹き替えてくれました。なお吹き替えの文言については、字幕準拠ではなく、資料としてお借りした書き起こし台本データと照らし合わせながら「耳で聴いて入ってきやすい」言い回しにしています。そしてバリアフリー日本語字幕は、いつも大変お世話になっている上野昇治さんに制作していただいております。
以上、こんなところで、わたしの気は済んだでしょうか。重い腰が、とか言ってたくせに長いじゃないかとお思いかもしれませんが、書き始めたら長いことを自分がよく知っているので、腰が重いのです。ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。とにかくどちらも観てほしい。つまるところ、言いたいことはそれだけです。
『アリランラプソディ』『スープとイデオロギー』、ともに3月14日(木)から31日(日)までの上映となります。休映日もありますので、ご来館の際はスケジュールをご確認ください。
文:スタッフ 池田新
上映・劇場情報
◉『アリランラプソディ』
3月14日(木)~31日(日) 15時15分〜17時25分
*19日(火)、水曜休映
*初日から4日間は金聖雄監督トークあり(残席僅か!!)
◉『スープとイデオロギー』
3月14日(木)~31日(日) 18時00分〜20時03分
*19日(火)、23日(土)、水曜休映
シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての映画を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで常時上映しております。
皆様のご来館、心よりお待ちしております!
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