『地獄のSE』音声ガイド制作記

『地獄のSE』。
2月14日までの上映です!

川上さわ監督が20歳の時に撮り上げた本作。
海が近くなった町で中学生たちが恋をして愛をしなかったりする中で、
物語とリアル、死と生、言葉と意味を、新たに紡ぎ直してくれた映画です。
その画質と音からも、衝撃を受けることと思います。
この“どこにもない海辺の町の、どこまでも架空の青春映画”と、ぜひ劇場でご対面ください。


2月1日(土)~2月14日(金)まで、連日18時50分からの上映です。
 *水曜日は休映


『地獄のSE』を初めて観た時、ずっとニヤニヤが止まらなかった。
ビデオや3DSまでをも駆使して撮影された粗い映像。
時には無音にもなったりする静けさの中、突然スピーカーから蠢いて届く音。
驚きと共に、単純に観たこと聴いたことのない映画と対面していることが嬉しかった。
そして、映画の時間が進むにつれ、そうした映画技法が『地獄のSE』自体と同期していった。
勝手な解釈でまず思ったことだが、川上監督やキャスト・スタッフが立ち上げてくれたのは、「映画の再生」ではないだろうか。
人は映画に対して、それがドキュメンタリーや記録映像であっても、「物語」を求めるもの。
その「物語」の中で描かれてきたきた、時には「物語」のために都合よく扱われてきた、死と生。
『地獄のSE』の視点は、死と生を蔑ろにしてしまいかねないフィクションにおいてのリアルへの加害性を背負い、向き合っている。

時には簡単に涙を誘うために起こる「物語」の中の死を、解体して物語ること。
そのために、音や画も従来の映画技法ではない形で、どこまでも「つくりもの」であることをきちんと背負って、私たちに届いてくれる。
描かれるキャラクターも、それぞれが死をそばに感じていて、抱えている悩みも物語に組み込んでくれている。
その音質や発生される唐突さも相待って、人物から乖離したように放たれるセリフ一つ一つは、物語に収まりきらない密度を持って、観賞後も身体に残ってくれる。
どうしても「物語」であるからこそ、人の死をないがしろに描きかねない映画。
それでも死を取り込んで、映画として生き返ったのが、『地獄のSE』なのではないか。

そして本作は、それでいて笑えるのだ、
「ぎゃ」という声や、カラオケで飛び跳ねて歌う身体の動き。照れながら地球儀を弄ぶ佇まい。
死に接近している人物たちが、哀しさにのみ囚われずに、生き生きともしている。「魅力的に映っている」と言えば月並みだが、物語を覆う死に回収しない人物が在る。
本作の底にある「かわいさ」を愛おしみながらの、そこに含まれる哀しさも想いながらの、72分の映画体験だった。



そうして出会った本作をシネマ・チュプキ・タバタでもユニバーサル上映するために、音声ガイド制作に取り掛かった。
音声ガイドとは、目のみえない人にもより深く体験していただけるように、視覚情報を音声・ナレーションに翻訳して伝えることだと私は考えている。
以下に、音声ガイド制作を通し考えた本作の魅力を少し書いていく。

まず、言葉と意味について。
音声ガイドとは、見えるものをただただ言葉に起こし、その言葉を声・ナレーションを通して伝えるものだ。
しかし言葉である以上意味を含む。映るものそのものを言葉で伝えることは難しい。
どうしても映画の流れや空間を考えて、音声ガイドに載せられる言葉の取捨選択を行わなければならない。

ただ、『地獄のSE』には、その物語の中でも、画そのものとして屹立するショットがいくつもある。
「まなこ」感のある眼は、「睨む」という動詞で伝えたところで、画そのものの強度からは離れてしまう。
突然、水道の流しに映るタコのショットは、「生きている」などの状態を付け加えてしまうと、音声ガイドがその画の説明のみに陥ってしまう。
登場人物たちから離れ、カラオケルームの中を覗き見るようなショットには、シーンの流れを整えるように空間を伝えようと音声ガイドを当ててしまえば、書き手の勝手な作為を映画に入れ込んでしまう。

ただただカメラが撮っているものが、映画の中に存在している。
それを受けて観る人それぞれの頭の中で連関が生まれたり、生まれなかったりすれば良いのだが、音声ガイドでその道筋を固定させてはいけない。
画の存在そのものが繋がって映画を動かしていること。これを映像詩的と言って良いのか、これもまた言葉に押し込められてしまい適切ではないと思うが、詩に音声ガイドのヒントを得ようと、川上監督が影響を受けたと言及している小笠原鳥類の詩集を手に取った。
小笠原さんの詩では、言葉がつながり、と思うと断絶され、また絡まり、いつしか意味を脱却して言葉そのものとして身体に残る。身体に残るほど、言葉が生き生きとしているということなのかもしれない。簡単に表そうとするとこうなる。
*ぜひ小笠原さんのブログも読んでみてください! https://tomo-dati.jugem.jp

『地獄のSE』の音声ガイドの心構えも、言葉の存在感をもって画の強度を伝えることだと考えた。
音声ガイドでも小笠原さんの文型を真似ようとするのは違う。それは詩であって映像を伝えるものではなくなるため、そもそも真似できるものではないため、文型をなぞろうとするのではない。
言葉が文章の中で野放しになっても良いのだと、画の存在を伝えるためにはそれで良いのだと、改めて立ち返ったような心構えだ。
音声ガイドは、見えているものを言葉にして伝えること。
もちろん聴く人のイメージが立ち上がりやすいように単語や修飾語を一つ一つ考え込まねばならないが、シーンを繋げるための文章の連なりに陥ってはならない。画そのものを、言葉そのもので翻訳しようとする。そうした思考、心構えが音声ガイド制作の土台となった。


では、そうした強度を持った画において、人物はどう映っているのか。
川上監督はロベール・ブレッソンについてインタビューでも言及されているが、ちょうど最近、佐藤真がブレッソンについて言及している文章に触れた。
表情・視線についての箇所だが、端的に人を撮ることについて捉えた文だと感じるので引用する。

「ブレッソンの終生追い求めたシネマトグラフとは、ストーリーや構成や言葉にも寄りかからない人間の裸形の表情を、いかに映画に撮るかということだった。」
(「日常という名の鏡―ドキュメンタリー映画の界隈 (増補第2版)」佐藤真,凱風社)

物販のアンソロジーでは、キャストそれぞれが自身の演じた役への想いや距離を話されているのも面白い。
“どこまでも架空”でありながら、そうであるからこそか、映画に刻まれている人物たち。
時にはコミカルに劇化されて動く身体。その虚構性も含み、蔑ろにせずに、ただただ存在している人物。
思えば主人公(と言ってしまうのも難しいが)二人が話すシーンは、歩きながらがほとんどだ。彼ら彼女らが動くことで、映画は進んでいく。
うがいをする。スニーカーを脱ぐ。その過程が省略されずに映されている。
音声ガイドでは、その動きや所作の一つ一つを、なるべく台本に取り込もうとしていった。
ブレッソンは映画の残酷さと孤高さに関して文章にも残してきたと感じるが、
そうした動きから感じる、みつめる人に対して抱くことができる愛おしさがあるのではないか。
物語が伝えてくれる人の存在への信頼と、みつめることの尊さも、映画が伝えてくれる大切なことだと思いたい。


他にも、アニメーションやテロップを棒読みのAI音声を駆使して歪さを表そうとしたり、
静けさも印象的な本作において、セリフと音声ガイドの間を意識して編集を行ったり、
色々と音声ガイド上での新たな実験・挑戦も行えた。
新しい映画には面白さがたくさん詰まっている。その新しさは、映画が映画であり続けるための必然でも在るのかもしれない。
ヒティロヴァの『ひなぎく』を当時観た人も、こんなわくわくした気持ちになっていたのかと想像する。
映画は生き返り、また物語を届けてくれた。
あらゆる方が『地獄のSE』と出会っていただけますように。



文:スタッフ柴田 笙

●こちらのインタビューも、ご観賞前後にぜひご一読ください!!

下記の箇所がとっても素敵。。

暴力に関しては、今いろんなところで暴力があるなかで、自暴自棄になって全てを破壊しようとするような暴力ではなにも変わらないし誰も救われないということをまず伝えたいですね。わかりにくいかもしれないんですけど、でかめの力が個人を自死や他害に向かわせるなかで、自分の言葉や友達と遊ぶ時間を奪われるとその力に負けてしまうということや、恋だったりカラオケだったり映画だったりが結果的にあらゆる死や暴力を遠ざけるということをこの作品では描いているんです。でかめの力というのは、現実でいうと権力とか。


『地獄のSE』のつくりから今後まで。タイトルにある「地獄」についてのお話も面白いです。。!


●上映情報
2月1日(土)~2月14日(金)
  18時50分~20時07分
*5日,12日(水)休映
(2024年製作/72分/日本)

監督・脚本・編集:川上さわ
予告編制作:松本武大
題字:丸山結衣音
音楽:honninman
アニメーション:ぽに青
スチール:兒崎七海
助監督:吉野勘太
制作:栗田量子・中村駿介
撮影:アガツマ
録音:金田百花・山田瑛瑠・松本武大・野内翔馬
整音:金田百花
美術:丸山結衣音・松本武大
衣装:兒崎七海・小幡谷こはる
制作支援:竪町商店街振興組合
配給・宣伝:川上さわ
宣伝協力:小原治
公式HP:https://www.hell-of.se


シネマ・チュプキ・タバタはユニバーサルシアターとして、
目の見えない方、耳の聞こえない方、どんな方にも映画をお楽しみいただけるように、全ての回を「日本語字幕」「イヤホン音声ガイド」付きで上映しております。

●当館ホームページ「シアターの特徴」

皆様のご来館、心よりお待ちしております!

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