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【アラン・ドロン追悼】『黒いチューリップ』の解説を特別公開:YouTube初無料公開記念

フランスの国民的名画『黒いチューリップ』

                 中条省平

*本稿はBlu-ray『黒いチューリップ』(発売元:株式会社IMAGICA TV/販売元: 株式会社KADOKAWA)封入のブックレットの解説原稿を、筆者の了解を得て、WEB上で公開するものです。
(Blu-ray『黒いチューリップ』の販売は終了しております。)

 『黒いチューリップ』はフランス人にとって真の国民的名作というべき映画です。
 このことを証明したのはCNC(フランス中央映画庁)の調査です。この調査は、1957年から2012年までフランスのテレビで無料放映された映画作品の登場回数を集計したもので、『黒いチューリップ』は1964年の公開以来、総計で24回もテレビ放映されており、これがフランスでの最多記録であることが判明したのです。『黒いチューリップ』はそれほどにもフランス人に愛されている映画であり、ほとんどのフランス人は生まれてから少なくとも1度はこの映画を見ているといっていいでしょう。
 この国民的名画がどのように構想され、実現されたか、順を追って語りたいと思います。
 まず、この映画の原作小説を書いたのはアレクサンドル・デュマです。
 この作家は通称「大デュマ」と呼ばれていますが、これは、彼の息子で『椿姫』の小説家である同名のアレクサンドル・デュマ(小デュマ)と区別するための呼び名です。「大デュマ」は、19世紀フランス最大のベストセラー作家で、『三銃士』『モンテ=クリスト伯(巌窟王)』を初めとして、生涯に小説と戯曲を合わせて300巻近い作品を発表しました。しかし、本で稼いだ金を湯水のごとく蕩尽し、女狂いと豪邸建築と決闘と美食の大宴会にありったけの精力を注いだことでも有名です。フランスでも滅多にない型破りの怪物的人間だったのです。
 その大デュマの『黒いチューリップ』は、16世紀のオランダを舞台にした歴史小説です。
 当時オランダは有名な「チューリップ熱」に浮かされていて、この花をめぐって莫大な金の投機がなされていました。主人公のコルネリウスはチューリップを愛する正義漢で、黒いチューリップという稀少品種の栽培に成功します。ところがこれを嫉妬したイザークという男のせいで国家への反逆者という汚名を着せられ、投獄されてしまいます。しかし、牢獄の看守の娘である美しいローザと愛しあうようになり、彼女の協力によって獄中で黒いチューリップを開花させることに成功します。しかし、このチューリップもイザークに盗まれ、コルネリウスは銃殺されることになるのですが、土壇場でローザの大活躍により冤罪を晴らされ、黒いチューリップの開発者としての名誉と多額の賞金を手にする、という物語です。
 映画『黒いチューリップ』のほうは、舞台は大革命直前、18世紀末のフランスで、主人公はチューリップの栽培など何の興味もない貴族の兄弟です。この兄弟が双生児だという物語上いちばん重要な設定も原作の小説にはありません。つまり、はっきりいって、原作と映画は『黒いチューリップ』というタイトル以外、無関係なのです。
 では、なぜデュマの『黒いチューリップ』が原作としてクレジットされているのか? それは、フランスではいまだにデュマが史上最高の人気作家でありつづけているからです。バルザックやスタンダールを読まない一般の人でも『三銃士』や『モンテ=クリスト伯』は読んだことがあるか、そうでなくともかならずその内容を知っています。ですから、映画製作者としては、どうしても「大デュマ原作」という冠が欲しかったのでしょう。
 とはいうものの、『黒いチューリップ』という比較的地味な小説は巧みに脚色されて、映画は原作よりはるかに「デュマ的」な冒険物語に変貌を遂げました。『三銃士』のような血沸き肉躍る剣戟シーンたっぷりの活劇となり、『モンテ=クリスト伯』にも通じる復讐の物語も盛りこまれたのです。
 この原作から映画への脚色を行ったのは、ポール・アンドレオタ、クリスチャン=ジャック、アンリ・ジャンソンの3人です。アンリ・ジャンソンは台詞も単独で担当しており、ジャンソンがシナリオ作成の中心人物だと考えられます。
 なにしろ、ジャンソンは監督のクリスチャン=ジャックより年上で、フランス映画史に残る偉大な脚本家なのです。ジャンソンが脚本や台詞を担当した『望郷』『舞踏会の手帖』『北ホテル』『格子なき牢獄』といった戦前の名画のタイトルを列挙するだけで、彼がフランス映画の黄金時代を築いた映画人のひとりであるという事実が納得できます。もっとも、ジャンソンは性格の狷介さでも有名で、しばしば周囲の人々と衝突しました。例えば、ジャック・ベッケルが撮った画家モジリアーニの伝記映画『モンパルナスの灯』では、ベッケル監督と真正面からぶつかって脚本家の座を放棄するという結果になりました。
 しかし、『黒いチューリップ』の監督クリスチャン=ジャックとはうまが合って、クリスチャン=ジャックの代表作であるジェラール・フィリップ主演の『花咲ける騎士道(ファンファン・ラ・チューリップ)』に台詞を提供するなど、ジャンソンは晩年までクリスチャン=ジャックと協力を続けました。
 本作『黒いチューリップ』でも、随所にジャンソンの言葉使いのうまさを見ることができます。とくに秀逸なのは、アラン・ドロンが一人二役で演じる双子の兄弟のうち、エゴイストの兄ギヨームが発する台詞です。

 冷淡な人間に見えたギヨームも、純真な理想家の弟ジュリアンが逮捕、投獄されると、肉親愛に目覚め、エゴイストの仮面をかなぐり捨てて、弟の救出に駆けつけます。そして、監視役の兵隊に銃撃されて牢獄の高所から落下し、重傷を負いますが、その苦しい息の下からこういい放つのです。
「たまに善いことをしたら、神様に罰を食らっちまった」
 あるいは、ギヨームが絞首刑に処せられる直前、ジュリアンの恋人のカロリーヌがやって来て、処刑されるのがジュリアンであると思いこんで泣き叫ぶ場面があります。そんなカロリーヌを見て、ギヨームは自分が殺される直前だというのに、クールにこう呟きます。
「素敵なお嬢さんだ、どなたか知らないが」
 いかにも古き良き時代のフランス映画を髣髴させるこうした上出来の脚本と台詞を得て、クリスチャン=ジャックの演出も冴えています。
 クリスチャン=ジャックは1904年にパリに生まれ、早くから映画作りの技術を認められ、20代で長編映画を撮りはじめます。ともかくどんなジャンルの映画でも早撮りしたことで有名な人で、70本近くの映画を撮ったフランス映画きっての「職人監督」です。先にも触れた『花咲ける騎士道』の成功で巨匠の仲間入りをし、妻のセクシー女優マルティーヌ・キャロルの全裸を惜しげもなく披露した『ボルジア家の毒薬』は、絢爛豪華なテクニカラーの画面作りと相まって世界的なヒットとなりました。『黒いチューリップ』は、この極彩色のコスチューム・プレイ(時代劇)という点で、『ボルジア家の毒薬』の系譜に連なる映画です(ただし、カラーの方式はイーストマンカラー)。
 ともかく、今回の4K修復版『黒いチューリップ』を見たときの最初にして最大の驚きは、画面、画質、色彩の、目を奪うごとき鮮烈な美しさです!
しかも、『黒いチューリップ』はフランスで撮影された最初の70ミリ映画(スーパーパノラマ70方式)なのです。本作にはそうした歴史的な意義があり、この極端に横長の画面でどういう空間造形を行うかという課題は、監督の技量の見せどころになります。

 クリスチャン=ジャックは、冒頭のクレジット・タイトルの背景と、それに続く馬車の襲撃場面に典型的に見られるように、色鮮やかなコスチューム・プレイでありながら、そうした室内劇とコントラストをなすように、山や森や田園など大自然のロケーション撮影を活用し、外景でのアクション場面をじつに的確にドラマに織りこんでいます。
 また、室内で登場人物が会話する場面でも、会話する人物をよく動かし、その動きをカメラの滑らかな移動撮影でフォローしています。その工夫によって、巨大な画面の空虚感が抑えられ、見ていて単調に感じられたり、退屈したりしないのです。クリスチャン=ジャックのさすがの名人芸というべきでしょう。
 この見事なカメラワークを担当した撮影監督はアンリ・ドカ。『死刑台のエレベーター』『大人は判ってくれない』『いとこ同志』といったヌーヴェル・ヴァーグの傑作群で、素晴らしいパリのモノクロ映像を作りあげた偉大なカメラマンですが、『太陽がいっぱい』に代表されるカラー撮影の名人でもあり、『黒いチューリップ』でも鮮烈な色彩感覚を実現しています。
 本作では、主役のアラン・ドロンが一人二役で双生児の兄弟を演じており、二人が同時に画面に登場するところが何度も出てきます。こうした場面はもちろんトリック撮影で実現されているわけですが、デジタルのCGで何でもできる現代の目から見ても、このアナログのトリック撮影は非常に精緻なもので、奥行きの深い画面のなかで二人のアラン・ドロンが動きながら会話を交わすシーンには感心させられます。

 『黒いチューリップ』は、役者アラン・ドロンの魅力を堪能するという意味においても、決定的な名作といえるでしょう。
 1935年にパリ郊外のソーで生まれたドロンは、10代で軍隊に入って落下傘兵としてインドシナ戦争に参加し、パリ中央市場の荷役労働者として働いたのち、たまたま入った映画界ですぐに頭角を現し、『太陽がいっぱい』で一躍スターとなり、ヴィスコンティの『若者のすべて』と『山猫』、アントニオーニの『太陽はひとりぼっち』といった芸術映画も見事にこなし、『地下室のメロディ』でジャン・ギャバンと張りあうフランスを代表する映画俳優となりました。『黒いチューリップ』はその直後の70ミリ歴史大作であり、脂の乗りきった演技力と、20代最後の彼の美貌の輝きを同時に味わうことができます。

 とくに演技力という観点から見ると、本作は、女たらしで虚無的なエゴイストの兄ギヨームと、純粋な革命の理想を信じるナイーブな弟ジュリアンという、正反対の人間を同時に演じているため、ドロンの役者としての多面的な才能を最大限のふり幅で楽しめる作品になっています。先に挙げた主演作では、ドロンは監督たちの要請もあって、翳のある美貌のなかに屈折した人間造形を反映させる必要がありました。これに対して、本作は明るい娯楽活劇なので、双生児の兄弟の対照的性格を、ほとんどコメディ的な誇張法をもって堂々と演じきっており、ドロンという役者のスケールの大きさをつくづくと感じさせられます。どうか存分にお楽しみください。


中条省平(ちゅうじょう・しょうへい)
1954年生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。パリ大学文学博士。主な著書に『フランス映画史の誘惑』(集英社新書)、『クリント・イーストウッド』(ちくま文庫)、主な翻訳にコクトー『恐るべき子供たち』(中条志穂と共訳)、ラディゲ『肉体の悪魔』(ともに光文社古典新訳文庫)、プルースト/ウエ『失われた時を求めて フランスコミック版』(白夜書房)など多数。

★『黒いチューリップ』』をシネフィルWOWOW プラス公式YouTubeにて10月11日(金)21時から2週間限定無料公開

©MEDITERRANEE CINEMA / MIZAR FILMS / AGATA FILM 1964


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