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グレーマンが望むなら


「声」というのは本当に、
本当に魔法のように力があって、
それがどんな力なのかを言語化するのが惜しいと思ってしまうほどに。もう何もここには書き残したくない、と、そう思うほどに。

簡潔に言えば、その人の魅力を最大限に表現する手段の一つなんだと実感した。


眠れなくて電話をかけたら、
彼は優しく頷いた後少し笑って、
また優しく「大丈夫だよ」「大丈夫、大丈夫」と、
わたしの好きな言葉をしきりにかけてくれた。

「大丈夫」。
時と場合によっては、
恐ろしいほどに孤独を感じる言葉であり、
時と場合によっては、
戸惑ってしまうほど温かくて愛の深い言葉。

彼の言う「大丈夫」は決まって後者で、
わたしは安堵する。
今ここに安堵という言葉を使ったわたしの意図はまだ、
彼に知られることはなさそうで。
それもまた、わたしにとっての安堵である。


電話越しのホワイトノイズに耳を傾けて、布団の中で冷えていた足が温かくなっていくのを心地よく感じながら、ただただ声を聞いて。

あまりにも彼が無邪気に笑うから、こっちもつられて笑ったりなんかして。
ありがちなラブソングに出てきそうな言い回しだなと思いつつ、やはり眠れそうにないわたしに一方的に話しかける彼の声を、頭の中に落としていく。


慰めるような柔らかい抑揚の中に、
彼の本当の優しさが滲んでいる。
顔を見て話していなくても分かるくらい、
隣にいるんじゃないかと錯覚する。

羊を数えるよりわたしの名前を呼んでよ、
とは言えずに鼻をすすって、
もう冷えていないつま先とつま先をすり合わせながら、
いつの間にか寝てしまっていた。


電話はもう切れていて、スマホの時計が5:22を指している。
電話を切る前、彼がわたしにかけた言葉はなんだっただろうと考えながらもう一度目を閉じる。

「手ぶらで油断させるなんて」。
小さく呟いて、わたしが望んだ明日を、
君を思い浮かべて。

おやすみ。

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